84歳トレーナー、拳の美学 九州最古、熊本のボクシングジムに体験入門

西日本新聞 もっと九州面 綾部 庸介

 ある日の仕事帰り、ひときわ歴史を感じさせる建物を見つけた。屋根には「熊本ジム」と大きな文字。恐る恐る窓から中をのぞくと、老人が椅子に座っていた。明地俊宣さん、84歳。熊本ボクシングジム(熊本市中央区)の経営者で、今も現役トレーナーとして練習生のパンチを受けている。私は24歳。半年かじったキックボクシングの経験がどこまで通用するか分からないが、九州最古のジムに一日体験入門してみた。

 熊本ジムは、明地さんが1959年に設立し、今年で60年。日本ボクシングコミッション西部事務局によると、九州で最も古いという。

 扉を開くと、壁の練習メニュー表が、目に飛び込んできた。ジム設立時から掲げられ、すっかり色あせている。なわとび3回▽シャドーボクシング7回▽サンドバッグ2回-など、1ラウンドと同じ1回3分で行う。実戦感覚を身に付けるためで、ボクシングでは一般的な練習法だそうだ。

 3分を知らせるゴングに従って、練習生は黙々と体を動かしている。明地さんは静かに座ったまま。とりあえずメニュー表通りに練習を始めることにした。

 しばらくすると明地さんが急に立ち上がり、リング上でシャドーボクシングをする練習生の松山尚(たかし)さん(44)に向けて怒鳴った。「何してる。右手が下がってるぞ」。機敏な動きで手本を見せる姿は、まるで現役ボクサー。気迫に圧倒される記者に、明地さんが一言「始めるか」。

 モットーは美しいボクシング。「あごを引き、白目で相手をにらめ」「前足は鉄柱を打ち込むように」。構え方からジャブの打ち方まで教わる。声が大きく、少し怖い。

 30分の指導後、明地さんを相手にミット打ちをした。パン、パンと乾いた音が響く。最初より形になったような気がする。「いい筋をしているぞ」。明地さんが笑顔を見せた。約10分間のミット打ちで、記者は息が上がってしまったが、明地さんはまだまだ涼しい表情だった。

    ■   ■

 明地さんは15歳の時、出稼ぎのため上京。月謝を払えず、ジムを外から眺め、見よう見まねでボクシングを身に付けた。19歳で東京・池袋のジムに入門。練習で当時日本ランキング1位の選手をKOしたこともあるが、20代で結核を患い、デビューは果たせなかった。その後、熊本に戻り、ジムを設立。これまで500人を超えるプロボクサーを育て、日本チャンピオンも生み出した「名伯楽」だ。

 84歳となり、スパーリングはもうできないが、ハングリー精神は健在。今の夢は明地さんが独自に唱える技「アームブロック」の普及だ。相手のパンチを腕でかわしながら、次の攻撃につなげる技で、使いこなせる選手は少ない。動画投稿サイト「ユーチューブ」で実演し、プロ選手にも習得を呼び掛けるなど積極的だ。

 帰り際、明地さんが20代のころの写真を見つけた。「あのころとボクシングへの気持ちは全く変わってないよ」。そうつぶやく姿に「こんなふうに年を取りたい」と思いながら、ジムを後にした。(綾部庸介)

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 熊本ボクシングジム 熊本市中央区本山1丁目。営業時間は午後6時20分~9時40分(日、金曜と祝日は休み)、会費は月8000円(応相談)。プロボクシングライセンスを取得できるほか、健康維持やダイエット目的の入会も受け付けている。同ジム=096(354)6465。

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