2016年 熊本の村上春樹 大矢 和世

西日本新聞 オピニオン面 大矢 和世

 軽妙な語りはラジオのDJを思わせた。

 「長編と短編、いろんな長さを書いていると自分の中をストレッチしてるよう」「何かの拍子に小説を書きたくなって。リズムとメロディーのインプロビゼーション(即興)を、と思ったら『風の歌を聴け』ができた。演奏できないから本を書いたのかも」

 熊本地震から5カ月後の2016年9月、村上春樹さんは熊本市でトークイベントを開いた。その前年、旅行記の取材で阿蘇などを訪問。旅仲間のエッセイスト吉本由美さんが熊本在住という縁もあって共に創設を呼び掛けた支援基金の関連イベントだった。

 吉本さんらも交えたトークでは、被災した熊本城や壁にひびの入った夏目漱石の旧居を再訪した時の様子も紹介した。気さくな隣人に語り掛けられているようで、客席はたびたび笑いに包まれた。

 人気作家の村上さんがノーベル文学賞の有力候補と見なされるようになったのは、06年のフランツ・カフカ賞受賞がきっかけだ。毎年「今年こそ」と報道で騒がれるが、今年も受賞とはならなかった。一方、その翌日にイタリアの文学賞を受賞し、国際的評価の確かさを感じさせた。

 もっとも、当人は熊本でのトークで「(読者から)『心揺さぶられた』と言われても実感としてよく分からない。『思わず噴き出した』とか『おなかがすいた』とかフィジカル(身体的)な反応がうれしい」と話していた。察するにノーベル賞を巡る毎年の喧騒(けんそう)も、人ごとのように感じているのかもしれない。

 彼は随筆集「職業としての小説家」で「個人的印象」と断りながらも「その国の社会の基盤に何かしら大きな動揺(あるいは変容)があった後に、そこで僕の本が広く読まれるようになる傾向が世界的に見られた」と書いている。

 村上さんの作品は、自身の故郷兵庫県を襲った阪神大震災や、地下鉄サリン事件が起きた1995年以降、社会の漠然とした不安感を掘り下げるような作風へと変化してきた。小説では東京、名古屋、北海道など日本のさまざまな地が登場するが、地域色は薄く、どこか架空の町のようでもある。世界各地の読者も異国情緒を感じることなく「わが事」として物語を受け止めているのだろう。

 相次ぐ大災害など社会の動揺が絶え間ない世界だ。賞の行方はさて置き、読者は変わらず次作を待っている。

    ×   ×

 ▼おおや・かずよ 愛媛県宇和島市生まれ、福岡県久留米市育ち。2005年入社。文化部、熊本総局、東京支社報道部(文化担当)を経て小郡支局長。

PR

社説・コラム アクセスランキング

PR

注目のテーマ