切断障害者のアンプティサッカー、10年の進化と壁(上) 世界との差は「50分間」

西日本新聞

 「初対面」の驚きから8年半。正直言って、もっと「売れる」と思っていた。

 アンプティサッカー。脚の切断障害者が「クラッチ」という医療用の松葉づえを使ってプレーし、腕の切断障害者がGKを務める障害者スポーツ。

 2010年に国内で競技が本格スタートして以降、プレーや戦術のレベルは見違えるほど上がった。大会の観客も少しずつ増え、リーグ戦やエキシビションマッチなど全国で試合を見せる場も広がった。日本はワールドカップ(W杯)に2010年から4度出場を果たした。

 11月2、3日には、9回目となる「日本選手権」が川崎市で開催される。金銭的、人員的に恵まれているわけではないマイナースポーツが、運営する協会や選手、スポンサーの尽力で歴史を刻んだことは喜ばしい。しかも、進歩もある。なのに、私は何か物足りない。

 17年にトルコで開かれたアンプティの欧州選手権決勝。数万人と思われるような観衆の映像に度肝を抜かれた。でも、それぐらい「見て面白いスポーツ」の要素がたくさんあると思っている。ドリブルやシュートなど超人的プレー、激しい身体接触や過酷さ、ベテランを打ち砕く若手の華麗な技術。

 W杯の成績も物足りない。昨年のメキシコ大会、日本は22カ国中で過去最高位とはいえ10位。映像を見る限り、技術で劣っているとは思えなかった。大会ごとに厚くなる選手層、指導陣を見ていると、もっと上を目指せるはずだと信じている。

 この10年での進歩や課題を探ることで、競技の魅力や「売れるためのヒント」があらためて見えてくるかもしれない。運営や選手とは違う一歩引いた立場で、競技を見続けてきた異なる立場の3人に話を聞いた。(三重野諭)

国内の大会で審判を務める中出さん

 

 アンプティサッカーの審判の第一人者、中出一大さん(30)=三重県伊賀市。国内大会の決勝など、大事な試合でのジャッジはもちろん、昨年のメキシコW杯の審判団にも日本から唯一参加し「ベストレフェリー」として表彰された。

 競技はフィールドプレーヤーが片脚の6人 + 片腕のGK1人の7人制。交代は自由。面積は通常のサッカーの3分の1ほどで、ルールも広さもサッカーよりフットサルに近く、審判もフットサルに準じている。ピッチ内には主審と第2審判の2人がいて、いずれも笛を吹くことができる。

 中出さんは小学生のサッカーを指導していた縁で、アンプティのクラブ「関西セッチエストレーラス」が結成された2012年にコーチとして誘われた。14年に大阪市の大会「レオピン杯」が創設される際に審判の頭数を確保する必要があり、笛を吹くようになった。今はクラブを離れ、日本アンプティサッカー協会の審判委員会に所属している。なぜ審判がメーンになったのか。

 中出:僕はアンプティのコーチをする時に、クラッチを使って練習していた。クラッチのプレーを体感している人と、見たことしかない人の判定は違いが大きく、クラッチが分かる審判の需要があった。大阪での大会には、日本フットサルリーグ(Fリーグ)で審判をされている方にも来てもらっている。アンプティだけでなく、フットサルの笛の吹き方、知見も教えていただき採り入れている。

ハンドのポイントは「浮いているか」「幅」

 --アンプティのジャッジの大きなポイントの一つは「ハンド」の判定だ。クラッチで故意に触れるとハンドになるが、不可抗力な場面で当たっても取られない。観客には分かりにくい面もある。どんな基準なのか。

 中出:クラッチを置く位置とボールのスピード。特にクラッチは、体を支えているかどうか。地面に着いて体を支えていたら動かせないので、ボールが当たってもしょうがない。クラッチが浮いていればハンドを取られる。

 クラッチが地面に着いていたとしても、広げている幅も見ている。W杯開催中にレフェリーの講習があり、(移動に使う)普通のクラッチの幅について指示があった。必要がないほど広げていれば、ノーマルじゃないので、ハンドですよね。

 --審判を務めるようになってからの5年で、ピッチ内から見ていて国内のプレーにはどんな変化があったか

 中出:速く、タフになった。速さは選手の走りとボールスピードの両方。トラップが全体的にうまくなったので、強いボールを蹴っても止められる。うまい人は何の気なしに次に蹴れるところにトラップして置ける。そういうレベルが上がった。

 タフという面では、選手同士が接触しても倒れなくなり、プレーを続ける場面が増えた。以前だったらファウルを取らないといけない場面でも、頑張れるので取る必要がない。審判の醍醐味(だいごみ)として、流れをつなげていい試合をつくるのが昔よりやりやすくなった。

選手同士の接触プレーは多い

 

 --W杯で笛を吹いたり、観戦したりして感じた上位国の強さは。

 中出:日本にも加速力やトップスピードの優れた選手、当たりに強い選手がいる。瞬間的な身体能力は負けていない。それを強豪国は(試合時間の)50分やり通せる。日程的に最も疲れているはずの決勝戦でも、えぐいなって思うぐらいのスピードだった。

 --強豪国は交代要員がいるからなのか。日本でも選手人口が増えれば、選手を2セットつくって代えながらプレーするフットサルのような戦いができると私は以前、思っていた。

 中出:決勝を戦ったトルコとアンゴラ、イングランドも交代要員がいると思ったが、スーパーな8人目がいるわけでもない。ベンチを含めた全14人のレベルが高いわけでもなかった。日本も決して劣っていない。50分通してプレーできるかどうか。イングランドはピッチに左右されない点も強かった。

 --日本だと試合会場は人工芝が多い。天然芝のピッチはクラッチで地面を突いた跡が残るため、使わせてもらいにくい事情もある。

 中出:メキシコW杯は天然芝ばかりで、ガタガタのピッチもあって、状態が良くない印象だった。すごく長い芝でボールが転がらないような会場もあったが、イングランドは対応していた。

アンゴラの「インサイド」に衝撃

 --イングランドが対応できるのは技術があるからか。

 中出:決勝に出たチームもピッチに関係なく「止める」「蹴る」が正確にできていた。決勝トーナメントのアンゴラの1回戦で笛を吹いたが、みんなインサイドキックがうまい。身体能力が高いのにドーンと蹴らずにむちゃくちゃつなぐ。衝撃でした。この身体能力でこのインサイドキックを蹴られたら、勝たれへん。

 --日本はW杯、決勝トーナメントの初戦でホームのメキシコに敗れた。世界で勝つためにはどんな事が必要になると思うか。

 中出:メキシコ戦は何千人のお客さんの大歓声で、ベンチの声が聞こえないどころか、一つ横のポジションにも声が通らなかった。超アウェーの中でいかに意思統一をするか、ピッチ内のリーダーの存在も重要になるのでは。国内の大会でも、人に見られる中で試合を経験することが大事になるかもしれない。

ライン際のプレーに目を凝らす中出さん(右)

 

 中出さんが審判としてピッチに立ったメキシコW杯では、全試合でフェイスブックでの動画中継があった。映像をチェックし、分析するツイートを誰よりも連投していたのが、関東のアンプティのクラブ「FCアウボラーダ」の野口魁監督(28)=さいたま市=だ。

 野口さんは義肢装具士で、サッカー部経験もあり、フットサル愛好家で、浦和レッズのサポーターでもある。2014年、知人からアンプティの存在を教えてもらい、アウボラーダの練習を見学して競技の面白さに一目ぼれした。

 野口:最初に競技にはまった時に、チームに日本代表がいたのが大きかった。自分の頑張りでこの人たちが世界で活躍してくれる。14年のW杯に向けた練習でGK役をやっていて、日本代表のエンヒッキ選手(日本にアンプティサッカーを伝えた張本人)のシュートを受けた。米国戦でのシュートを見て、「練習と同じ角度だ」って思うとうれしかった。

試合中に選手に指示を出す野口さん

 

 --アンプティに関わる以前に指導の勉強はしていたのか。

 野口:いえ、ここ2、3年ぐらいです。ツイッターで情報を集めてサッカー指導者のコミュニティーに入ったり、講習会に参加したり。サッカーの練習メニュー、ゲーム展開をそのまま落とし込めないので、自分なりに考えて変換して。

 --義肢装具士としての経験は指導に生きているのか。

 野口:生かせてはいません。むしろ、クラッチを使って一緒にプレーする感覚が重要。ヒッキ選手と一緒にプレーしていて足元にパスが欲しいのに、前に出されたので「走れないから足元に」と話したら、「足元に出して取られるよりも、前に出して狙う方が、追いつけなかったとしてもボールがラインを割って、守備の態勢をつくれるから」と言われて。

 中で選手と一緒にやって、考えを知る必要があるなと思いました。エキシビションマッチには自分も出場できるので、選手に指示している位置取りを実際に確認したり、FC九州バイラオール(日本選手権2連覇中のライバルクラブ)の選手のうまさをピッチで体感したり。

 --アンプティとサッカーとの違いは。

 野口:ボールスピードはサッカーともフットサルとも変わらない。選手の走るスピードはサッカーとフットサルより遅い。オフサイドがない点でサッカーではないし、フットサルよりも人数が多い。サッカーでもフットサルでもない競技。

 --アンプティは国内での歴史が10年しかない分、指導法や戦術も発展途上だ。

 野口:どんな戦術が適しているのか知るために、サッカーを勉強しつつ、フットサルやバスケも見る。(片脚で戦う)アンプティでは1人の守るスペースが圧倒的に広い。DFが捨てるエリア、カバーするエリアを具体的に分けて、言葉にできれば守り方、崩し方が見つかると思っている。

DFがしぶとくなった

 --競技に関わってから国内のレベルは上がったと思うか。

 野口:全チームレベルアップしている。特にDF。クラッチを使う動きや個人の守備力が良くなった。以前だとヒッキ選手がドリブルで抜いたような場面で、1人目のDFがしぶとくなったから、2人目が戻ってこられる。ただ、オフェンスの形をつくる方が難しいと思っている。

 サッカーでもゴールキックからビルドアップするのが珍しくないですよね。アンプティも「7人全員が攻守に関わらないとフットボールじゃない」と思っている。全員がボールと相手に対して良いポジションを取るのが面白い。以前は攻撃と守備が分離しているところもあった。新しい選手は最初DFで練習を始めて、ある程度できたら攻撃も絡もうと指示を出して、少しずつトライして攻撃参加ができるようになる。「挑戦しよう」と声を掛けている。

 サッカーでは「ボールを支配する」という概念も変わってきていますよね。ボールを保持していることを指すだけじゃない。例えばエリアを決めて狙ってフィードを蹴って、そこに人数をかけて、相手がボールをコントロールした瞬間に奪いにいく。そんなやり方があらかじめ決まっていれば「支配している」と言えるのでは。

 アウボラーダは昨年までボールを前から取りにいってたけど、前回の日本選手権決勝のバイラオール戦では、中盤が間延びしたところで、相手に一気に縦パスを入れられて失点した。今年は引いてブロックを敷く戦術にもチャレンジしている。相手にボールを持たせる戦術、ブロックの前でボールを回されるのをあえて許容するのもありだと思う。

試合のハーフタイムにボードを使って選手と話す野口さん(右)

 

 --競技レベルだけじゃなく、環境面でも日本のアンプティは進歩しているか。

 野口:全部進歩しているし、全部まだまだ足りないと思います。運営に関わる人も、スポンサーも観客も増えている。でも、人が増えた分、やれることも増えてきた。以前は国内の2大会しか実戦の場がなかったが、別に東日本リーグ戦ができて、戦術の実験や検証ができる場が増えた。新しい戦術をリーグ戦で試して大会に臨めるのは大きい。

 --野口さんが今後力を入れることは。

 野口:監督として、選手にアンプティの本質を楽しんでもらって、アウボラーダを強くする。底辺となるトレーニングや試合をしっかりやれば、日本代表の強化にもつながる。クラブには10代の選手もいるので、将来活躍してもらえるように。指導者としては、ピッチ内で起きていることを分析して、言葉にして、指示を出せないと駄目。試合を把握して、チームとして動けるようにするのが自分の役割で、足りないものを勉強します。

 ◇◇◇

 2人の共通点は「クラッチを使って練習している」こと。だからこそ、ジャッジや指導が説得力を持つのだろう。日本ではまだ、選手を引退して指導者になったプレー経験者は皆無だ。クラッチの使い方を熟知したコーチが増えていけば、国内レベルの底上げがさらに進むはずだ。

 一方で、中出さんは、大観衆の前でのプレー経験も世界と戦う鍵になると考えていた。次回は残る1人、「もっと観客を増やしたい」と語る応援団長の熱意に迫る。

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