過労死遺族、学生に体験談 教員の夫15年介護 北九州市の安徳さん講演

西日本新聞 ふくおか版 竹次 稔

 「命より大事な仕事はない」。県立高の英語教師だった夫が過労で倒れ、一度も意識を回復しないまま2017年3月に亡くなるまで介護を続けた安徳晴美さん(53)=北九州市小倉南区=が30日、同市の西南女学院大の学生約220人を前に遺族の経験、思いを語った。「公の場所で語る心の余裕はなかった」という安徳さんが奮い立ったのは、倒れても約15年間生き続けた夫が「諦めるな、そして笑顔でいてほしいと伝えたかったはずだ」と思い至ったからだ。

 同大はキャリア教育の一環として今回、厚生労働省の啓発事業を活用し、授業を行った。安徳さんは時折、声を詰まらせながらあの日を振り返った。

 夫が倒れた02年1月19日は寒い夜だった。大学入試センター試験に臨む生徒の激励で早朝に家を出た。学校で授業と海外ホームステイ保護者説明会もこなし、顧問だった女子バレー部を福岡市に引率する激務が終わりかけていた。ホテルで同僚と打ち合わせの最中に高血圧性脳出血となり、重度の意識障害が残った。41歳だった。

 倒れる直前の1カ月間の残業は約125時間。午前6時半に出勤し、連日午後9時すぎに帰宅した。その後も未明まで働き、元日もパソコンに向かっていた。

 ただ「持ち帰った授業の準備、部活指導など命を削った時間は自主的残業と言われ、勝手にやったこととされた」と安徳さん。同僚、生徒などの証言を集め、再審で公務災害が認められたのは夫が倒れてから3年以上が経過していた。

 子ども2人を抱え、医療などに掛かる費用ものしかかった。20年近い教師経験を持つ安徳さん自身も、精神的にも肉体的にも追い込まれて倒れ、救急車で運ばれたこともあったという。

 転機は夫が亡くなった後。「先生から頂いた『Never give up』『Keep on smiling』の言葉をいつも大切にしています」。葬儀の日、最後の教え子がそう感謝を述べた。

 「『諦めるな』『いつも笑って』と夫がよく伝えていた。夫の死を教訓にしたい。全ての教師が命を落とすことのない働き方をしてほしいという気持ちが、ふつふつと湧いてきた」。昨年から「福岡過労死等を考える家族の会」の活動に加わっている。

 学生に伝えたかったことがある。「教師も労働者であり、家族がいる。過労死は、管理職や周りの人たちが安全配慮をすれば防ぐことができるはずだ。頑張れる環境が整えば、教師は実にやりがいがあります」。この信念が社会に浸透するまで、諦めずに前へ進んでいくという。

 授業に出ていた人文学部1年高本彩加さん(19)は「遺族の話を初めて聞いた。自分の人生に生かしていきたい」と話した。

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 「過労死等防止対策推進シンポジウム」が11月22日午後6時半から、福岡市のJR博多シティ会議室で開かれる。11月を「過労死等防止啓発月間」とする厚労省の主催。遺族の体験談の発表もある。参加無料。問い合わせは事務局=(0120)053006。 (竹次稔)

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