沖縄の夢背負い苦闘5年 甲子園春夏連覇の投手・島袋さん 「恩返し」これからも

西日本新聞 社会面 中島 邦之 阪口 彩子

 プロ野球界で戦力外通告を受けた男たちが今オフも去る。3年連続日本一の福岡ソフトバンクでは、かつて甲子園を沸かせた左腕がユニホームを脱いだ。沖縄・興南高のエースとして春夏連覇をけん引した島袋洋奨(ようすけ)さん(27)。甲子園優勝投手の誇りを胸に、沖縄県民の期待を背負い挑んだプロの壁は厚かった。「一流選手が競う常勝軍団で野球ができたことは僕の財産。今は全力でやり切った思いです」。5年間夢を追った福岡を6日離れる。

 ドラフト5位で2015年にホークス入団。打者に一度背中を向けてから投げ込む独特のトルネード投法で活躍が期待された。

 高校時代は2年春から4季連続で甲子園に。3年では春優勝に続き沖縄勢として夏を初制覇。地元紙、琉球新報の記念誌は、島ぐるみでの応援と悲願の春夏連覇への歓喜を伝えている。

 「好きな野球をやってきただけなのに、あんなに喜んでいただいた。恩返しのためにも、早く1軍に上がり、プロで投げる姿を見てもらいたかった」。だがレベルが違った。入団後に間近で見た、同い年の千賀滉大投手の「球の強さ」に度肝を抜かれた。

 実は入団前に「心に重い不安を抱えていました」と明かした。中央大2年の時に左肘痛で実戦を離れた後、制球難に苦しんだ。「どう投げればストライクが入るのか。考えれば考えるほど深みにはまった」。順風満帆の高校時代には感じたことがない葛藤だった。

    ◇   ◇

 入団1年目。支えてくれたのは入来祐作3軍投手コーチ。「結果を恐れずに辛抱強くやれ」。試行錯誤の結果、制球が安定。3軍から2軍へ。15年9月には1軍に昇格した。

 千葉でのロッテ戦で八回裏にプロ初登板。左翼手の内川聖一選手の好守にも助けられ、1回を無失点で乗り切った。手渡された記念ボールは沖縄の実家に飾ってある。「野球人生の中で一番大切なもの。もがいた末に、やっとたどり着いたボールですから」

 プロ5年で1軍登板は2試合。背水の陣で臨んだ3年目の17年8月には左肘の遊離軟骨の除去手術を受けた。同11月に戦力外を通告され、育成選手として踏みとどまったが、先月再び戦力外通告を受けた。「プロは結果が全て。あんな状態の僕を拾ってくれた球団には感謝しかありません」。笑顔が少し寂しそうだった。

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 この夏、高校球児の球数制限が話題になった。島袋さんも春夏連覇の際、ほぼ1人でマウンドを守った。肘の故障に影響していないのか。「僕の場合、甲子園で優勝したい気持ちが強かったから、勝つために投げた」。その上で「プロに行ける実力が明らかな選手なら将来を考え、投げすぎない方がいい」と答えた。

 ひとまず沖縄へ戻る島袋さんは今後、どんな道を歩むのか。今も興南高野球部を率いる恩師、我喜屋優(がきやまさる)監督(69)からは「指導者として経験を積む場所を提供できる」と声を掛けてもらったという。「ゆくゆくは母校でやりたい気持ちはあります」。栄光も挫折も知る彼が育てるチームをいつか見てみたい。 (中島邦之、阪口彩子)

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