明治の頃、有明海に面した福岡県柳川市の子どもは朝鮮のことを単に「韓(から)」と呼んだ…

西日本新聞 オピニオン面

 明治の頃、有明海に面した福岡県柳川市の子どもは朝鮮のことを単に「韓(から)」と呼んだ。遠い東京よりよほどなじみがあったとか。柳川出身の詩聖・北原白秋がそう記している

▼白秋が少年期を過ごした沖端(おきのはた)には「鮟鱇(あんこう)組」という遠洋漁業隊があった。小舟の船団で有明海から五島列島、対馬と島伝いに北上し、朝鮮半島沿岸の海の幸を持ち帰った。陸路でようやく蒸気機関車が走り始めた時代。海路で行く「韓」は今よりかなり近い国だった

▼そして現在。元徴用工問題を発端に日韓関係が急速に冷えこんで1年が過ぎた。北朝鮮の拉致と核の問題は何年も進展がないままだ。この国の人々は「韓」のことを忘れ始めてはいないか、と不安もよぎる

▼そんな「韓」から渡ってきた青年の話を。彼が白秋邸を訪ねたのは1928年。手には朝鮮の数々の民謡を日本語に訳した草稿が。丹念に読んだ白秋は「こんな素晴らしい詩心が朝鮮にもあったとは」と感嘆し、出版を後押しした

▼青年は金素雲(キムソウン)。後に韓国文化勲章を受ける詩人である。白秋は素雲を文壇に紹介する宴の費用を工面するため、文学界の重鎮ながら恥を忍び新聞社に自作短歌の売り込みをしていた。後にこれを知る素雲は心打たれ、白秋没後の生家を訪れた

▼昨日はくしくも白秋と素雲の命日。柳川では今日まで白秋祭が開かれている。どんこ舟に揺られ「日」と「韓」の詩人の絆に思いをはせたい。

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