「軍属ビルマ物語」を読み解く ビルマ戦記を追う<12>

西日本新聞 文化面

 中部ビルマのメイクテーラは兵站(へいたん)の町であり、ビルマで戦った部隊の多くは通過の経験くらいしか持たない。よって同地での勤務経験がある吉市繁光氏の「軍属ビルマ物語」の価値は高い。

 軍属に対する認識も深まる戦記である。一般に抱かれている雑役者のごときイメージが前書きから否定されている。煎じ詰めれば軍隊の管理下にある非軍人が軍属であって、その立場はピンからキリまである。吉市氏は判任官待遇で、軍隊で言えば下士官に相当した。兵站宿舎を切り盛りし、通過する部隊等に宿と食を提供するのが主な任務だった。

 兵站で雇用されていたビルマ人の書かれていることが本書の価値をより高めている。吉市氏はフラモンという十八歳の少年について特に筆を割いているのだが、この少年は戦況の推移に応じて移動する吉市氏をわざわざ追いかけて勤務をともにしている。フラモンの存在がなければ「軍属ビルマ物語」が書かれることはなかったろう。

 インパール作戦も中止され、戦況がいよいよ危うさを増していた昭和十九年八月、兵站を狙った空襲でフラモンは死亡する。吉市氏の心を汲(く)んだ隊長は遺骨を家族へ届けるための時間を与えてくれる。フラモンから聞いていた話を頼りに、そして出会うビルマ人に尋ねながら、吉市氏はやがてメイクテーラ東方にあるカヨー村にたどり着く。フラモンの死を聞かされた母親は吉市氏を恨むが、カヨー村の人々がこれをとりなす。恨まれる覚悟で現れた吉市氏を人々は理解していた。

 この体験が半年後の命拾いに繋(つな)がる。勤務地がメイクテーラに移っていた吉市氏は敵の進攻にぶつかって満身創痍(そうい)の「落武者」となる。それを助けたのがフラモンの母親をはじめとするカヨー村の人々だった。

 ビルマ人に恩義のある方は多い。戦記の中でビルマ戦記の数が突出している理由のひとつがそれだろうと私は思っている。 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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