【社会の転換期と若者】 宮本 雄二さん

西日本新聞 オピニオン面

◆世界に学び変革に挑め

 司馬遼太郎は「坂の上の雲」で明治期の若者の夢と希望と使命感を描いた。明治期の日本は、古いものを壊し、新しいものを創造しなければならない「大激動の時代」だった。そうしないと、日本の将来が危うかったからだ。すべての面で、改革と創造が求められていた。そのために必要な知識と経験は、欧米に学ぶ必要があった。若者たちは陸続と海外に学び、帰国して日本を大きく変え、日本の近代化に貢献した。

 戦後日本は、廃虚の中から戦前の否定の上に出発した。戦後改革は、日本が戦争に敗れた結果でもあるが、同時に多数の日本人が「そうしなければならない」と考えたためでもある。再び多数の若者が海外に学び、日本の改革と経済発展に大きく貢献した。

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 このように、日本社会の大転換期における改革と創造の原動力は、常に若者たちだった。つまり若者たちにそういう役割を担わせることができるかどうかが、日本社会の転換の成否を決めるということだ。この点において、今日の日本社会は深い反省を要するのではないか。

 明治維新も戦後日本の再出発も、外からの衝撃があったから実現した。今の日本は「茹(ゆ)でガエル」状態にあり、熱さを感じていないために、自分たちが直面している危機の大きさに気づいていない。

 いつの時代でも、社会の矛盾や危機を最も敏感に感じるのが若者たちだ。しがらみや固定観念から最も縁遠く、社会の抱える問題の影響を、最も長く受け続けるのが彼らだからだ。

 若い人たちには、危機感と切迫感を持って、現在の危機をつくり出している原因を考えてほしいと思う。明治の若者も戦後の若者も、答えを老人たちには求めなかった。ある者は懸命に考え自分なりに答えを出し、ある者は答えを求めて海外に旅立った。今の若者にもそうしてほしいと心から願う。

 「コロンブスの卵」とはよく言ったものだ。尻をつぶせば、机に立たない卵も立てることができる。だが、なかなか思いつかない。壁にぶつかったときには、見方を変えれば答えも変わることを思い出してほしい。自分の抱える難問に、すでに取り組んでいる人や社会は必ずある。

 今や先進国だけではなく、それ以外の国々も、さまざまな分野で優れた取り組みを始めており、成果を上げている。それらを積極的に参考にすべき時代なのだ。

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 異なる社会や文化との接触と交流は、われわれに新しい視点と刺激を与えてくれる。先進国であるかどうかと関係なく、海外で生活してみて、しみじみとそう思う。若い人たちには、是非、貪欲に海外に出かけてほしい。

 国を外に開き、多くの外国人が日本で学び、生活し、働いてもらうことも日本の将来にとって不可欠となった。彼らとの接触を通じ、実は異文化交流をしているのだ。

 異文化交流で大事なことは、開かれた心を持って公平に接するということだ。先入観を持たずに。たとえわれわれと違っていても、相手にはそうする理由がある。批判するのではなく、その理由を聞いてみてほしい。どんな社会にも良い人もいれば悪い人もいる。外国人を特別視することも止めよう。

 われわれ老人世代がやるべきことは、若者の足を引っ張らず、邪魔をせず、彼らにやらせることだ。行き過ぎはあるだろう。それは後で修正すればいい。今はやり過ぎるくらいに世の中を変えるときだ。そうしないと今日の平和と繁栄を維持できない時代が来てしまう。それほど、世界の競争は激しいのだ。若者の奮起にかかっている。

 【略歴】1946年、福岡県太宰府市生まれ。修猷館高-京都大法学部卒。69年に外務省入省。中国課長、アトランタ総領事、ミャンマー大使、沖縄担当大使などを歴任。2006年から10年まで中国大使。著書に「日中の失敗の本質」など。

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