揺らぐ「スー・チー信奉」 ミャンマー総選挙まで1年 続く民族紛争、経済低迷に落胆 市民「彼女は好きだが政権は…」

西日本新聞 国際面 川合 秀紀

 ミャンマーが半世紀続いた軍人支配を脱し、政権交代を果たした2015年11月の総選挙から4年。この間、民主化の象徴として政権を事実上率いてきたアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相(74)にとって初の本格的審判となる総選挙が1年後に迫る。前回総選挙で国民の熱狂的な支持を得たスー・チー氏だが、近年はイスラム教徒少数民族ロヒンギャの難民問題など国際社会から批判を浴びる場面が目立つ。国民は今、何を思うのか。スー・チー氏支持者の多い最大都市ヤンゴンを歩いた。

 クラクションが鳴り響く下町の交差点。昼下がり、ヤンゴン名物のサイドカー付き自転車「サイカー」運転手ピャージーさん(40)は客待ち中だった。そばにビール缶が2本。少し酔っていた。「何でも聞いてくれ。軍政時代は外でこんな話はできなかったけどね」

 この道20年。1日の収入は1万チャット(約710円)。ひと頃より半減した。グラブなど国外のタクシー配車大手が参入したからだ。5人の子どもを抱え、生活は苦しい。末娘はまだ3歳だ。郊外にある自宅は遠く、ほぼ毎日、路上に簡素な幕を張っただけの待機所で寝起きする。時折、巡回の警官から蹴られる。

 「スー・チーさんはもちろん大好きさ。国のためにずっと頑張ってくれたからね」。だがスー・チー氏率いる与党国民民主連盟(NLD)は「全然好きじゃない。軍や警察が国民をいじめる政権は民主主義じゃない」。選挙に行くかどうか分からない、と語った。

 蒸した芋や豆が絶品の屋台店主チョウイーさん(50)は、スー・チー氏の父で「独立の英雄」と呼ばれるアウン・サン将軍の故郷、中部マグウェイ出身。熱烈なNLD支持者だ。来年の選挙も「NLD候補者に投票する」と決めている。

 だが不満は隠さなかった。1日の収入は1万数千チャット。「NLD政権になって(道路の不法使用のため)屋台の取り締まりが増えた。生活も厳しい。NLDに言いたいこと? 言ってもどうにもならないよ」

 経済成長率は軍政時代より鈍化し、物価は逆に3割程度上がった。政権交代の“成果”を庶民が実感しているとは言い難い。14年からミャンマーで暮らすジャーナリスト北角裕樹さん(43)は「NLD政権を誕生させたのは『とにかく軍人支配を変えてくれ』という庶民の期待だった。だが今回は具体的な成果が問われる。スー・チー人気はまだ高いが、前回のような熱気はない」とみる。

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 9月24日、ヤンゴンのホテルで“事件”は起きた。アウン・サン将軍の人生を描く映画の制作発表が行われ、スー・チー氏が出席した。その式典のさなか、彼女の顔に緑色のレーザー光線が照射されたのだ。

 誰が、何のために行ったのか、いまだ不明だ。だが背景として取りざたされるのは「(1948年の)独立以来、政府と紛争が続く少数民族との和平交渉が進まず、スー・チー政権になってむしろ状況が悪化していることへの不満」(ミャンマー人記者)だ。

 アウン・サン将軍は独立に際し、少数民族の自治権を認め、多数派のビルマ族との平和的共存を目指したが、果たさぬまま暗殺された。少数民族の一つ、カチン族出身の団体職員(48)は「将軍はビルマ族の英雄かもしれないが、私たちの英雄ではない」と言い切る。政権は少数民族地域にアウン・サン将軍の像建設を進めるが、これも最近、各地で反対の動きが相次ぐ。

 市民団体が7月行った世論調査によると、スー・チー氏への信頼度はヤンゴンなどビルマ族地域では78%に達したが、少数民族地域では49%にとどまる。次の総選挙でNLDが前回のように圧勝するのは困難との見方が大勢なのは、少数民族地域での苦戦が予想されるためだ。

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 「私はアイドルを失った」

 人権活動家で人気テレビ番組の司会も務めるティンザーシュンレイイさん(27)は昨年末、一部メディアにスー・チー氏批判を公言した。10代からスー・チー氏に憧れ、人生の目標にした。「次世代のスー・チー」と称された彼女の発言は注目を集めた。

 弾圧に屈せず、民主化や少数民族の和平を訴え続け、国際社会から称賛されたスー・チー氏。しかし長年ミャンマー国籍が認められずに不法移民扱いされてきたロヒンギャが17年、難民として大量に隣国に逃れ国際問題となったのに、スー・チー氏の動きは鈍い。

 ティンザーシュンレイイさんは昨年5月、当局の許可がないまま民族和平を訴えるデモを行い、起訴された。「スー・チー氏が自ら訴えていた民主主義の本質と違うことを行う以上、応援してきた私は批判者にならざるを得なかった」

 批判を公言した後、下品な言動など多くの嫌がらせを受ける。「不満はあっても『もし彼女がいなくなったら国がダメになる』とみんな思っている」。そして、こう漏らした。「彼女ほどの英雄はこの国にはいない。それも事実。私も本当は応援しているんです」

 批判者でさえ、スー・チー氏以外に国を束ねる人材がいないと語るミャンマーの現実。スー・チー氏と並ぶ民主化運動の指導者で約20年間拘束された経験がある活動家ミンコーナイン氏(58)はNLD政権発足時の16年春、メディアに「人々がスー・チー氏だけに頼ると、いずれ問題が起きる」と語っていた。

 予言は当たったのかと尋ねると「まだ間に合う」とだけ返した。そして次の総選挙へ向け、全国の若者と政治について語り合う活動を進めると、力を込めた。

 「私たちの世代が民主化運動でどれほど犠牲になったかという歴史は、若い世代はもう知らなくていい。その代わりどんな政党を選んでもいいから、自分で考えて選挙に行ってほしい」 (ヤンゴンで川合秀紀)

 ●与党NLD 議席維持困難か 次期総選挙、憲法改正が争点に

 ミャンマー議会は上院(定数224)、下院(同440)とも任期5年。次の総選挙は2020年11月初めにも予定される。憲法の規定上、上下両院とも25%は国軍が指名する軍人に割り当てられるため、残る4分の3を選挙で争う仕組みだ。アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相率いる与党国民民主連盟(NLD)がどれだけ議席を維持できるかが焦点となる。

 15年11月8日に実施された前回は、NLDが上下両院の改選数491のうち、約8割の390議席を獲得して圧勝。国軍系の野党連邦団結発展党(USDP)は41議席にとどまり、政権交代を果たした。

 NLDの議席数は、国軍指名の軍人議員を含む上下両院全体の約6割。次期総選挙でNLDは前回並みの圧勝を目指す方針とされる。だが、17年と18年に行われた補選ではNLDが一部でUSDPなどに敗れており、「現状維持は困難」(地元紙記者)との見方が多い。少数民族政党も議席を伸ばす可能性がある。

 NLDは今年に入り、国軍の政治関与を薄める憲法改正案の議論に着手。次期総選挙でも改憲を公約の前面に打ち出すとみられる。ただ改憲には両院議員の75%を超える賛成が必要なため、実現は極めて困難だ。

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