「シッタン河脱出作戦」を読み解く ビルマ戦記を追う<15>

西日本新聞 文化面

 戦時中に語学将校を務めていたルイス・アレン氏の著作である。同氏は「シッタン作戦」を自身の目で見、終戦後は俘虜(ふりょ)収容所において日本軍将校の尋問も行っている。したがって本書の内容は正確を極めている。ペグー山系に孤立した日本軍の苦難と、敵中突破の困難をより具体的に知ることができる。

 たとえば、ビルマ人の村落にスパイ網が張り巡らされていたことが書かれている。信号弾での連絡がなされていたことも書かれている。かと思えば、歩みの遅い部隊ほど苦しんだことや、その理由として物々交換に応じてくれるビルマ人も出せるものを出してしまっていたことなどが書かれている。まるで日本兵の回想記である。本書は「シッタン作戦」を網羅していると言っても過言ではない。

 無名の将兵の状況が押さえられる一方で、有名な将兵にもむろん言及がなされている。将官のことならばいくらでもその手の書籍で確認できるので、本随筆ではロサンゼルス五輪のメダリストである北村久寿雄中尉のことを取り上げておきたい。同中尉に関する記述は他書にも見られるものの、アレン氏の記述はずば抜けて詳しい。

 北村中尉は水泳一五○○メートル自由形の優勝者である。雨期に増水した河が障害となる敵中突破においては貴重な人材だった。渡らねばならないのはシッタン河だけではない。渡河のひとつひとつが将兵にとっては命がけである。北村中尉はペグー山系の支流調査、兵に対する水泳指導、さらには激流に耐え得る筏(いかだ)の試作、はては突破の進路調査などを行っている。絶望による自決も見られたペグー山系にあってはまさに希望の光だった。

 北村中尉を慕ってペグー山系までついてきたタンタンというビルマ少年のこともアレン氏はわざわざ書いている。そこからも分かるように日本側に対する偏見はまるでない。「シッタン作戦」をどこまでも正確に伝えるべく書かれた良書である。

 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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