「鬼哭啾啾」を読み解く ビルマ戦記を追う<16>

西日本新聞 文化面

 戦記には副題のつけられているものが大変多い。それも内容を率直に表しているものばかりである。本書には「ビルマ派遣海軍深見部隊全滅の記」とある。ビルマに海軍がいたことはほとんど知られていないし、その任務内容も想像がつきにくいと思うので、先に触れた「シッタン作戦」に関連して取り上げたい。

 著者の堤新三氏は第十三警備隊の数少ない生き残りのひとりである。同隊は第十三特別根拠地隊に属していた隊のひとつで、その任務は印緬国境付近のアキャブからイラワジデルタ地帯の突端までの約七百キロに及ぶ海岸線の守備だった。砲艇、大発艇、魚雷艇をもって敵船への警戒や攻撃を行い、さらには機雷敷設や河川の水路調査などを行っている。余談ながら、第十三特別根拠地隊の司令官はソロモン群島のルンガ沖夜戦で知られる田中頼三中将である。

 第十三警備隊がビルマに入った昭和十八年十月はベンガル湾も完全に敵手にあり、上陸がいつどこに行われても不思議ではなかった。事実、ラングーン(ヤンゴン)の占領にあたって英印軍は海路で兵力を送ってもいる。

 第十三警備隊に限ったことではないとはいえ、「鬼哭啾啾」というタイトル通り同隊は不幸だった。ラングーンの失陥後、約二百名の海上転進隊と約七百名の陸上転進隊に分かれて敵中突破を強行することになる。海上転進隊は敵の砲艦等の妨害により大きな損害を受け、約百三十名で編成されていた一隊などは後方メルギーにたどり着いたとき三十名になっていた。

 敗勢に避けられない混乱と錯綜(さくそう)、そして他部隊との離合などに見舞われた陸上転進隊はさらに不幸だった。陸軍の指揮下に入れられたところでペグー山系では連絡すらうまくつかず、最終的には単独での敵中突破に入っている。その結果は全滅だった。友軍戦線に達し得たのはわずか四名である。 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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