「地獄の戦場 泣きむし士官物語」を読み解く ビルマ戦記を追う<18>

西日本新聞 文化面

 門司に「花千里」という飲食店があると聞く。そこでは「ビルマうどん」なるものを出しているという。ビルマから復員された方が作ったメニューなのだそうな。

 こうした「日本に持ち込まれたビルマの味」は他の地方でも見られ、戦記においては本書「地獄の戦場 泣きむし士官物語」にも一例がある。著者の比留間弘氏は士官学校を卒業し、戦後は自衛隊に勤め、退官時は二等陸佐だった。その自衛隊時代、正月の餅つき大会では必ず「比留間式ビルマ餅」を作ったというので少し引用する。

 ――搗(つ)きたての餅を指ぐらいの太さにしたものを、糸の束をクルクルまとめるようにねじって揚げ、それに黒砂糖のみつをつけて食べる(後略)

 こうした記述からも分かるように比留間氏の観察は細かい。士官学校出の将校でありながら兵隊のそれを思わせるほど視点が庶民的である。食ひとつ取っても様々(さまざま)な調理法や作法が書かれ、農民の牛車や僧侶の托鉢(たくはつ)にまで筆が割かれている。

 軍隊に関する記述も他の戦記とはかなり趣が異なる。中でも傑作なのが対戦車爆薬に関するものである。あるとき成形炸薬を用いた兵器を解説するプリントが配布されたが、兵器自体が本来の形とは変わってしまっていたという。簡単に言えば、円錐(すい)形であらねばならないのに円筒形になっていたのである。中央から戦地へと下っていく過程でガリ版が切り直されるため徐々に変化したと考えられる。内容を理解していない者が何かを伝えようとするときに生じる悲劇である。

 同様の悲劇は、昨今の戦争語りにも見られる。戦後七十年以上が過ぎ、明らかな嘘(うそ)や誤解がメディアで頻出している。料理の伝達ならば変化も味のうちだろうが、夏の到来のたびに「戦争の記憶を風化させてはならない」と意気込む人々がそれでは有害でしかない。自戒としたい。 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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