米町の祇園車復元へ 中津祇園に40年近く不参加 市民に募金呼び掛け

西日本新聞 大分・日田玖珠版 吉川 文敬

 600年の伝統を誇る中津市の中津祇園(県指定無形民俗文化財)に40年近く参加していない米町の祇園車を文化財として復元するプロジェクトが、祇園有志によって始まった。ただ屋根などの部材が散逸し漆も一部はげていることから、復元には約1千万円かかる見込み。関係者は「市民への募金活動なども行い、3年をめどに往時の姿に戻し、祭りにも参加させたい」と意気込んでいる。

 中津祇園は15世紀前半に始まった下小路浦(現在の下正路町、角木町、龍王町など海岸沿いの地域)の村祭りが起源と伝わる。明治、大正期の製糸・紡績業の興隆による中津経済の発展とともに規模が拡大し、昭和初期までは博多祇園山笠(福岡市)と小倉祇園(北九州市)と並び「九州三大祇園」と称された。

 米町総代の研俊勝さん(76)などによると、初代の車は1783年に建造され、1910年に大改修されたという。唐獅子や龍の彫り物と螺鈿(らでん)細工の柱などその豪華さで有名だった米町だったが、少子高齢化で83年を最後に出していなかった。貴重な車が米町に眠っていることを知った祇園有志らでつくるNPO法人中津地方文化研究所が「このまま朽ち果てるのはしのびない」と支援を買ってでた。

 3日、米町に近い萱津町にある倉庫へ運び出し、点検すると、屋根や車輪など重要部品がなくなっていることが判明。副所長の近砂敦さん(66)は「米町の特長である豪華な彫り物や螺鈿細工、欄間などは往時のままだった。復元は可能だ」と胸をなで下ろす。研さんは「わが町の祇園車が中津の町を走る姿がまた見られるとは思わなかった。夢のようだ」と感謝した。

 同研究所では協賛金を募る。1口5千円(何口でも可)、第1期は12月31日まで。(吉川文敬)

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