「懸け橋」を引き継ぐ母 藤崎 真二 

西日本新聞 オピニオン面 藤崎 真二

 「後悔があるとすれば、強い人間になってほしいと、あまり褒めてあげなかったことです。もう少し、息子を褒めてあげればよかった」

 今も印象に残る、韓国・釜山市の辛(シン)潤賛(ユンチャン)さん(70)の言葉である。息子は李(イ)秀賢(スヒョン)さん(享年26歳)。東京のJR新大久保駅で2001年、ホームから転落した人をカメラマンの関根史郎さんと共に救おうとして亡くなった。

 事故の6年後、自宅で辛さんと夫の李盛大(イソンデ)さん=今年3月、79歳で死去=に話を聞かせてもらった。その辛さんと10月、福岡県太宰府市で再会した。ドキュメンタリー映画「かけはし」を上映する市民映画祭のゲストだった。

 映画は「日韓の懸け橋になりたい」と願っていた秀賢さんの人生を関係者のインタビューで浮かび上がらせる。全国から寄せられた弔慰金を両親が寄付して創設された奨学会の活動と、奨学金を受ける留学生の姿を追う。後半の第2章は、15年に訪日した韓国の学生たちの交流の記録だ。

 会場の控室を訪ねた。本紙と提携する釜山日報の記者も話を聞いた。地元紙への安心感からなのか、いろんな思いがあふれ出た。

 「地球が逆さまに落ちていく感覚だった」事故の後、打ちひしがれて何もできなかった。そんな時、日本から秀賢さんの友人3人が訪れた。韓国式のあいさつをして、こう話した。「秀賢が最も心を痛めることは、お母さんが悲しんでいることだと思います」

 泣いてばかりいられないと決めた。「秀賢はもう、私たちの子どもというだけではない」。日韓友好の象徴的な存在になっていると思った。

 自宅で取材した時、通訳として同行してくれた教育大の女子学生は、それを機に通訳を志し、専門の大学院に進学。現在、ソウルで日本語通訳として働いている。それを告げると一瞬驚いた表情をのぞかせ「何という方ですか」と、うれしそうに笑顔で尋ねた。懸け橋となる人がまた増えたと感じたのかもしれない。

 仏教の因縁についても触れ「何かの縁で秀賢が日韓をつなぐ役になった。これを大切にしたい」。懸け橋になる遺志を受け継ぐ覚悟だろう。

 「かけはし」の上映会は23日にも福岡市早良区の西南学院大博物館である。午後2時開始、辛さんも来場予定だ。「少しでも多くの若い人、学生さんに見てほしいです」。物腰柔らかな日本語に驚いた。届いた2300通の激励や感謝の手紙を直接読みたいと勉強を続けているという。

 自分の願いを体現してくれている母を秀賢さんも褒めていることだろう。 (論説委員)

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