首里城焼失 象徴の再建 本土も支援を

西日本新聞 オピニオン面

 那覇市の首里城で10月31日未明に火災が発生し、正殿や北殿などが焼け落ちて間もなく1週間となる。沖縄県は再建へ全力を挙げる方針だ。本土でも支援の輪が広がっている。

 首里城は15世紀から1879年まで続いた琉球王国の王家の居城であり、行政や外交でも中心的役割を果たした。中国的な色彩と日本建築のデザインを融合させた建物に、琉球文化の特質が集約されている。

 1925年に正殿が国宝に指定されたが、沖縄戦の戦火で全ての建物が消失した。

 戦後、関係者が「琉球王朝時代の首里城を取り戻そう」を合言葉に研究成果を結集、主要施設を復元して92年に「首里城公園」として開園した。

 沖縄の文化の象徴であり、同時に戦争の苦難や戦後の復興を物語る場所だ。心のよりどころとも言える施設を失った県民の喪失感は計り知れない。首里城に収蔵していた文化財のうち400点超も焼失した恐れがあるという。残念である。

 これまでの調べで、正殿が火元である可能性が強まった。沖縄県警は配電設備と出火との関係を調べている。正殿には延焼を防ぐ設備はあったが、スプリンクラーは設置されていなかったという。

 首里城跡の地下遺構を含む「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」が世界文化遺産に登録されている。ただ建物は復元であるため含まれていない。

 復元とはいえ、文化的価値の高い施設として火災を防ぐ備えは十分だったのか。日本の文化的建造物はほとんどが木造で、火災に弱い。今回の火災を検証し、文化財登録されている建造物だけでなく復元施設についても防火体制の点検を急ぎたい。

 沖縄県民の願いが首里城の早期再建であることは言うまでもないだろう。玉(たま)城(き)デニー知事は火災の翌日に菅義偉官房長官と面会し、2022年までに再建計画を策定する考えを伝えた。菅氏も全面支援を約束した。政府と沖縄県は米軍普天間飛行場の移転を巡り対立しているが、それとは別の問題として再建へ足並みをそろえてほしい。

 首里城は、私たちが現在の日本としてひとくくりにしている地域が決して一様ではなく、いかに多様な文化で構成されているかを知る貴重な資産である。

 本土の住民もさまざまな形で再建を手助けしたいものだ。那覇市が首里城再建のためにふるさと納税制度を活用して受け付けている寄付金は既に、目標の金額を大きく上回っているという。熊本城が地震で損壊したときは全国から支援を受けた。今度は失意の沖縄に心を寄せ、励ましたい。

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