赤瀬川原平さん 20歳の小説 大分の機関誌に掲載確認 50年代「独特の観察眼」

西日本新聞 一面 藤原 賢吾

 前衛美術家として活躍し、ベストセラーとなった「老人力」や「超芸術トマソン」などの著作でも知られる芥川賞作家の赤瀬川原平さん(1937~2014)が、20歳の頃に書いた幻の初期小説が見つかった。赤瀬川さんが参加した大分市の美術サークル「新世紀群」の機関誌に掲載されていた。赤瀬川さんと長年親交があった編集者は「書籍化されておらず、その後の小説へとつながる原点」と高く評価する。

 見つかった小説のタイトルは「再出発」。機関誌の15号(1957年10月)と16号(58年3月)に2回に分けて掲載された。原稿用紙7枚ほどの短編で、赤瀬川克彦と本名が記されている。15号は福岡市の美術研究家が複写を、16号は大分県立図書館が原物を所蔵していた。

 作品は、ある日、「トランプの夢」から目覚めた「彼」が、定期券を持って駅を目指すが、道は普段と異なって行けば行くほど狭くなり、沿道の商店もはるか下方に降りていて、彼は不安を抱えながら歩いていく、という幻想的な物語。

 元筑摩書房編集者で赤瀬川さんを長年担当した松田哲夫さん(72)=東京都=によると、最も古い小説は卒業した旭丘高校(名古屋市)の同人誌(55年)に掲載された掌編。今回見つかった小説は2作目とみられる。松田さんは「60~70年代にかけて気取ったような難しい文章を書いていたが、この作品は分かりやすく、独特の観察眼で生き生きと描写されている」と指摘。81年に芥川賞を受けた小説「父が消えた」などにつながる原点と位置づける。

 赤瀬川さんは41~52年に大分で過ごし、上野ケ丘中時代に市内の画材店を拠点としていた新世紀群のメンバーとなった。小中学校の同級生で新世紀群メンバーだった雪野恭弘さん(83)=大分市=は、ともに武蔵野美術学校(現武蔵野美術大)入学のため上京した際、一時赤瀬川さんと同居した。「赤ちゃんは夢に興味を持っていて、目が覚めると枕元のノートに夢をメモしていた」と振り返った。

 赤瀬川さんの妻尚子さん=東京都=は「初めて読んだ作品。若々しく、その後の小説の大本が詰まっている。青春時代の文章が読めてうれしい」と話した。

 新世紀群元メンバーによると、機関誌はガリ版刷りで毎号数十部印刷されていた。「再出発」執筆の記録は赤瀬川さんの展覧会図録に記されているが、担当学芸員らも全文を把握しておらず、長く忘れられていた。 (藤原賢吾)

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