お千代さんからの伝言 水江 浩文

西日本新聞 水江 浩文

  この世に神様が
  本当にいるなら
  あなたに抱かれて
  私は死にたい

   ◇    ◇

 意識的に覚えたわけではないのに、つい口ずさむ歌があるものだ。私の場合、それは島倉千代子の「愛のさざなみ」(なかにし礼作詞・浜口庫之助作曲)である…。

 という書き出しのコラムを朝刊社会面の「デスク日記」に書いた。15年前のことだ。

 この歌が大ヒットしたのは1968年である。台所で「愛のさざなみ」を口ずさむ母は決まって上機嫌だった。幼い私はこの機を逃すまいと、小遣いをねだったり、頼み事をしたりしたものだ。

 子どもには理解不能のラブソングである。家事や子育てに追われる母がどんな心境で歌っていたのか。母を亡くした今となっては確かめようもない。読み返すと気恥ずかしいが、そんなコラムだった。

 懲りずに後日談を書く。東京支社で同僚の記者から思いがけない伝言を聞いた。その記者は取材で島倉さんを訪ねた。インタビューが一段落した後、雑談になった。彼は殊勝にも私のコラムを覚えていて趣旨を紹介したという。

 すると、島倉さんは「どうか、そのコラムを書いた人に伝えてください」とメッセージを託したというのだ。

 あなたの亡くなったお母さまのようなファンの方々に私は支えられてきたのです…。そんな伝言だった。

 母の墓前でこの逸話を報告した。生前は全くできなかった親孝行を、ほんの少しだけ、できたような気がした。

 それにしても国民的大スターがなぜ、私のような見ず知らずの者に丁寧な伝言をしたのだろう。素朴な疑問だったが、田勢康弘著「島倉千代子という人生」を読み直し、はっと気付いたことがある。

 98年の夏、静岡県で小料理屋を営む男性から「両親に親孝行をしたい。店にお越し願えないか」というファクスが事務所に届いた。偶然、目にした島倉さんは周囲の制止を振り切って店に出向く。

 「私は騙(だま)されたっていい、と思って来ました。親孝行という三文字に感動したからです」と親子に語ったという。ああ、この心境だったのか-と私は勝手に合点した。

    ◇    ◇

 プロ野球の花形選手との結婚と離婚、肉親の自殺、巨額の借金地獄、度重なる闘病…。「ひとりの女が生涯経験する試練としてはこれ以上はありえない」(前掲書)という波乱の人生に、島倉さんが終止符を打ったのは6年前の11月8日だった。きょうが七回忌である。 (論説副委員長)

PR

社説・コラム アクセスランキング

PR

注目のテーマ