「火線と共に」を読み解く ビルマ戦記を追う<19>

西日本新聞 文化面

 本書が出版された昭和十八年五月、ビルマはまだ平和だった。ビルマ自体が独立を三カ月後に控えていたし、空襲は見られても連合軍の本格的な反攻開始は半年先のことである。

 著者の能勢正信(しょうしん)氏は宗教宣撫班員としてビルマ作戦に従軍した僧侶である。ここでいう宣撫は宣伝と解釈してもらって差し支えない。

 こうした方がビルマ緒戦に存在したという事実はまことに興味深い。言うまでもなくビルマは仏教国であり、日本も日本軍もその点を重視していた。軍作戦に宗教宣撫班が組み込まれるのは初めてのことで、属していた僧侶は全国から選抜された方々であったという。ちなみに日本出港の船には井伏鱒二氏をはじめとする著名人も同乗している。

 仏教国といえども戦争にあれば人心は乱れる。昭和十七年三月、能勢氏は連合軍の去ったラングーン(ヤンゴン)に放火や略奪の跡を見ている。郊外に逃れていた難民を支援することが、その本格的活動の第一歩となった。仏教宣撫班は日本の寺のブロマイドなどを使い、自分たちが害なす存在でないことをまずアピールしている。ブロマイドにはビルマ語での解説もつけられていたという。反英抗争の末に亡くなったビルマ僧の像が建つ国である。効果は大きかったろう。

 ビルマ作戦はまさに進行中であり、兵団名は伏せられているものの増強兵力として現れた久留米第五十六師団の姿も記されている。

 「火線と共に」というタイトルはややオーバーだとしても第一線部隊を追う形で仏教宣撫班が進んだのは確かで、治安回復の様子が本書からはよく分かる。ビルマの高僧と日緬仏教懇談会を開いたり、役人と連携した治安維持会の結成に関わったり、ずいぶんと多忙であったようである。仏教宣撫班の活動はもとより、ひとりの非軍人が見たビルマ緒戦の記録という意味で本書は実に貴重である。 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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