「ビルマ讀本」を読み解く ビルマ戦記を追う<20>

西日本新聞 文化面

 戦記を戦争の記録と解釈するなら、戦時中に出版された書籍はそれ自体が戦記とも言える。時代が反映されているからである。

 本書が出版されたのは昭和十七年四月である。しかし、著者の山田秀藏氏がビルマに暮らし始めたのは明治三十七年だという。ビルマの土を踏む直前、マレー半島にいるとき日露戦争の勃発(ぼっぱつ)を知ったなどと書かれている。執筆時はビルマ暮らし四十年弱の計算になる。その方面で有名な方であったのならば出版社が執筆依頼をしたとも考えられる。山田氏にはビルマ解説本が他にもある。

 時局への迎合はあるとしても本書は大変勉強になる。歴史、民族、動植物、言語、産業、地理等々、ビルマという国が余すところなく解説されている。戦前のビルマの姿はむしろ新鮮で、わけても賭博を好む国民性の記述はおもしろい。ビルマ人の賭博欲に応えて富籤(とみくじ)が年三回ほど発行されていたという。競馬における人々の真剣さに至っては日本では見られないほどで、熱中のあまり身代限りをする者も珍しくなかったらしい。山田氏の暮らした都市部の傾向なのかも知れないが、ビルマ人の一面であったのは事実だろう。

 本書の出版時、日本は勝ち戦の絶頂にあった。とはいえビルマの完全占領にはまだ至っていない。書籍化の経緯はともかく、執筆にかかったのは対米英開戦直後ではなかろうか。

 それゆえか戦争に関する冷静な指摘もなされている。ビルマ人はイギリスからの独立を望み、だからこそ日本に期待している。しかし日本を無条件に信頼しているわけではない。戦いは東亜新秩序建設のためであってはならない。ビルマ人の立場を忘れてはならないといった主旨(しゅし)のことが明記されている。戦争の結末を思えばいかにも示唆に富んでいる。

 勝ち戦の連続による昂揚(こうよう)も、負け戦の連続による敵国憎悪もない。たとえ時局便乗本であろうと本書の価値は高い。 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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