「烈兵団 インパール戦記」を読み解く ビルマ戦記を追う<21>

西日本新聞 文化面

 インパール作戦はメディアで頻繁に取り上げられる。したがって本随筆でその様相を語る必要はなかろう。しかし避けて通るのはむろん不可能なので、斎藤政治氏の著した本書から兵隊たちの発した「台詞(せりふ)」を取り上げることにする。ご存知の通り、飢えと病に見舞われた同作戦において将兵は軍紀を乱した。その結果である台詞の数々は、戦地の光景にいっそうの具体性を与えてくれる。少なくとも「何万人が戦没した」「軍司令官が愚かだった」といったアプローチよりは遙(はる)かに当時の空気が伝わってくる。

 ただし注意が必要である。人は、他人の言葉など正確に覚えているものではない。戦記に出てくる台詞は「そうした主旨(しゅし)の発言があった」とだけ解釈すべきである。

 一、「うちの百二十四が祭兵団の糧秣集積所に銃を持って押しかけて根こそぎ奪い取ってしまった」

 二、「戦争に負けて逃げ帰ってきた割には食物に執念深い奴(やつ)らだ」

 三、「こら敗残兵ども、臭いから近づくな。さがれ」

 四、「おい、そこの軍曹、烈の工兵か」

 烈兵団と呼ばれた第三十一師団はインパール北方の町コヒマで戦った。列挙した言葉はすべてコヒマからの撤退後に斎藤氏が接したものである。文字数の都合で要約等をしているが、状況は理解できると思う。

 衣食が足りなければ軍人も礼節を忘れる。負け戦にあれば、衣食が足りている軍人も礼節を忘れる。二と三と四は食糧配給等を行っていた兵隊の発言であって、そのことごとくが上級者に向けたものである。彼らは飢えてもおらず軍衣もきれいであったという。

 ちなみに一に出てくる「百二十四」は福岡の歩兵第百二十四連隊のことである。インパール作戦中に限らず、その評判はおおむね悪い。 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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