「日本兵のはなし」を読み解く ビルマ戦記を追う<24>

西日本新聞 文化面

 ビルマにおける様々(さまざま)な日本軍将兵の回想が六十一本収録された本である。体裁としてはルポライターによる証言集に近く、著者の玉山和夫氏は実際そうした手法を用いている。しかし、もうひとりの著者であるジョン・ナンネリー氏がアフリカ師団の将校としてビルマで戦っているので取り上げておきたい。本随筆で取り上げる本は一応「戦中以前のビルマを経験した方が著したもの」に絞っている。ちなみにアフリカ師団とは英国の植民地軍で、大雑把(おおざっぱ)に言えばアフリカ人をイギリス人が指揮する師団である。

 当然のことながら本の全体を語るのは不可能なので前半を駆け足でたどる。

 英印軍はビルマの緒戦に苦しんだが、勝ち戦の日本軍も決して楽ではなかった。遺棄された英印軍の食糧やビルマ人から提供される水などで生気を保ったことが証言されている。ビルマの占領がなると死者を弔う儀式が軍司令部主催で行われ、日本側の軍人・軍属の慰霊碑と英国・インドの無名兵士の慰霊碑が建てられた。その後の安定期に行われた防疫活動にはビルマ人やインド人の看護婦も手を貸した。さらには演芸会などが催され、日本軍と現地住民がそれぞれ芝居や踊りを披露し合った。そんな日々の中で兵隊たちはビルマ語を少しずつ覚えていった。

 こうした日本軍将兵の姿はイギリス人の抱いていたイメージと大きくかけ離れていたようで、「ステレオタイプ的な天皇の狂信的な兵士とはまったく異なっている」と英サンデータイムス紙は評したという。

 戦時中、日本のメディアは「鬼畜米英」などの言葉をさかんに使ったが、米英メディアも似たり寄ったりの日本憎悪をしていた。そして、勝ったがゆえに日本軍に対するイメージは特に解消もされずにいた。評判を取ったのか、二○○○年にイギリスで出版された本書は翌年アメリカでも出版されている。日本語版の出版はそのさらに翌年である。(こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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