石炭の街の象徴を後世に 旧古河鉱業若松ビル、築100年

西日本新聞 北九州版 米村 勇飛

 若松区の南海岸通りを象徴するレトロな建物「旧古河鉱業若松ビル」(同区本町1丁目)が、今年で築100年を迎えた。石炭景気に沸く大正時代に建ったビルは、入居企業の転出で1995年に解体の危機に陥った。当時、若松商店街連合会会長だった山口久さん(81)=同区=ら市民が保存活動を展開。山口さんは「街の顔を無くすわけにはいかなかった。ビルは『石炭の街若松』の歴史を象徴する存在だ」と振り返る。

 ビルは19(大正8)年、炭鉱経営をしていた古河鉱業(現・古河機械金属)が国内有数の石炭積み出し港だった若松に、自社ビルとして建築。同社の撤退後も、オフィスビルとして使われた。

 転機は95年。入居企業がゼロになったことで、ビルを所有していた日鉄鉱業が老朽化を理由に取り壊しを示唆した。

 山口さんらはすぐさま保存に向けた活動を開始。84(昭和59)年に、20(大正9)年築の旧国鉄若松駅の駅舎を建て替えで失うなど、地元で多くの歴史的建造物を失っていただけに、住民の保存にかける思いは強かった。

 同連合会、自治会、婦人会、地元企業などは合同で「若松南海岸通りの歴史と景観を考える会」を発足。山口さんは考える会の会長にも就任し、日鉄鉱業や市役所などに保存の陳情へ何度も足を運んだ。

 2000年12月には市に約4万4千筆の署名と、「ひとり100円」を合言葉に半年間で集まった約7400万円の寄付金を渡した。翌年12月には市がビルの取得を表明。改修を経て04年に再オープンした。山口さんは「若松が一体となった。街づくりの原点ではないか」とうなずく。

 ビルは08年に国登録有形文化財に。2年前には「関門“ノスタルジック”海峡」を構成する文化財の一つとして日本遺産に認定された。ホールは市民が利用でき、市民や観光客からも愛される存在だ。

 山口さんは現在、「子どもたちが街のこれからをつくっていく」との思いで、地元の小学生に石炭で栄えた若松の歴史を教える活動をしている。「次の100年も街の歴史を後世に伝える存在であってほしい」と、若松の盛衰を見守ってきたビルに思いを託した。(米村勇飛)

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