「アーロン収容所」を読み解く ビルマ戦記を追う<25>

西日本新聞 文化面

 著者は第五十三師団に所属していた会田雄次氏である。日本人の書いたビルマ戦記としては最も有名な一冊だろう。収容所における人々が国籍や民族を問わず観察されており、誤解を恐れずに言えばすこぶるおもしろい。私などが今さら紹介するまでもない名著である。にもかかわらす取り上げることにしたのは、不遜を承知で内容の誤りを指摘しておきたいからである。その誤りは本随筆で先に紹介した戦記とも無関係ではないし、有名な戦記であるからこそ放置はしたくない。

 まず十三頁(ページ)の一節。

 ――私たちの中隊は、ラングーン(ヤンゴン)で包囲された「策」部隊の脱出部隊援護という名目で、シッタン河の対岸にわたっていた(後略)

 策部隊とあるが正確には策集団である。かつ同集団はラングーンで包囲されたのではない。ペグー山系で包囲されたのである。

 次に百七十二頁の一節。

 ――(ラングーンに)残された日本人は、一般市民といわず看護婦といわず、英軍の包囲下にほとんど全滅した。

 ラングーンにあった部隊等は英印軍の突入前に脱出したし、むろん一般市民や看護婦も同様である。英印軍によるラングーン占領は事実上の無血占領だった。

 ビルマ方面軍司令部のラングーン撤退に伴う混乱は様々な流言飛語を招いただろうから、私としては「第五十三師団の将兵の間には誤った風聞が広がっていた」と解釈したい。それが正しいならば本書の回想は生々しいとも言える。

 さて、誤りの指摘だけですっかり文字数を食ってしまったが、幸いにして本書は今も書店で売られており、その気になれば誰でもすぐに読める。本随筆で触れておくべきだろう事実は、本書ほど英印軍やイギリス人を辛辣(しんらつ)に評している戦記はないということくらいである。日本兵捕虜に対する虐待がここまで無遠慮に書かれている例を私は知らない。

 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている

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