「収容所のロビンソンクルーソー」を読み解く ビルマ戦記を追う<29>

西日本新聞 文化面

 収容所の日々を綴(つづ)った戦記は珍しくない。先に紹介した「アーロン収容所」もそうだし、数多いシベリア抑留記もそうだし、中でも有名なのは大岡昇平氏の「俘虜記」だろう。私はこれらを勝手に「収容所もの」と呼んでいるのだが、本書「収容所のロビンソンクルーソー」はとりわけ素晴らしい一冊である。副題を「菊兵団ビルマ抑留記」という。著者の井上咸(はやし)氏は第十八師団の歩兵第五十五連隊に所属し、シッタン河の東に位置するモパリンの収容所に入れられた。

 本書の何が素晴らしいのか。生活が非常に細かく描写されていることである。収容所ものに多い人間関係の軋轢(あつれき)がほとんどない。タイトルが暗示する通り、収容所における創意工夫と生活要領に記述の重点が置かれている。戦記に興味がない方でもひとつの読み物として堪能できるだろう。釣り針、サンダル、ランプ、ギター、尺八、麻雀、花札などが「製品」として生み出されたことが書かれている。

 豊富なイラストがまた特徴的である。課せられた労働、俘虜を監視するインド兵、物売りのビルマ人、果ては山芋掘りの様子までが描かれている。その白眉は表紙に使われている一枚である。抑留直前の兵隊の全身が描かれ、所有物に注釈が付けられている。暑いからズボンを半分に切ったなどといった注釈もある。虜囚に身をやつしたとはいえ、機能を維持している軍隊においてそうしたことが許されたとは驚きである。

 物資の足りない日々で北部九州の兵隊が手癖の悪さを発揮しないはずはなく、盗みの逸話もしっかりと書かれている。そこには罪悪感もさほどない。むしろ敵の物資を盗むのは当たり前だといった感さえある。犯行に目を留めたインド兵が「カモン」を連呼しても気にしない。「構わん」と曲解し、盗みが公認されたとうそぶく。久留米師団の特徴である逞(たくま)しさに第五十五連隊の兵隊も溢(あふ)れている。

 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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