「ある商社員と大東亜戦」を読み解く ビルマ戦記を追う<33>

西日本新聞 文化面

 本書の副題は「徴用軍属ビルマ日記」という。内容はまさにその通りで、軍属としてビルマへ赴いた桑野福次氏の残した記録である。

 昭和十七年四月、いわゆる白紙召集を受けて桑野氏はビルマへ向かった。徴用期間は一年。奏任官待遇で本給二百円というから将校待遇である。戦前、三井物産社員としてビルマに勤務した経験のあったことが徴用理由と考えられる。

 本当の意味での日記であり、内地を発(た)つまでの記録もいろいろと興味深い。家ではパパと呼ばれていたことや、家族で見た映画などが書かれている。当時からビルマ通で知られていた国分正三氏の名が出てくるのがまた興味深い。四月十八日、宇品を出港する直前には空襲警報を聞いている。有名なドゥリットル爆撃隊の襲来日と重なったのだった。

 ビルマに着いたのは六月二十八日である。英印軍のとった焦土戦術でラングーン(ヤンゴン)は荒廃していた。破壊されたインフラや略奪に遭った商店の話を桑野氏は聞いている。七月一日には日本軍とビルマ独立義勇軍が必ずしも円満でないことと、それがビルマの独立時期に関する考えの相違にあることも耳にしている。

 こうした「伝わってくる話」の多さが日記の特徴である。七月十四日には「印度作戦をやるらしいという噂(うわさ)が高い」とある。実はビルマ占領直後からインパールの存在は危惧されており、桑野氏が接した噂の背景にもそれがあると見てまず間違いない。

 八月三十日には「この戦争の締めくくりを、どこでつけるかということを考えている人がいるだろうか」との疑問があり、三日後の九月二日には空襲警報のサイレンに接して「予期した情況になってきたという感が強い」とある。九月九日には米の買い取りを巡るトラブルを通してやはり戦争の行く末に暗い影を見ている。昭和十七年、日本人のほとんどが戦勝気分から抜けられずにいた頃である。

 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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