「高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵の側に立つ」…

西日本新聞 オピニオン面

 「高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵の側に立つ」。エルサレム文学賞の授賞式で村上春樹さんはこう話した。壁は戦車やミサイル、壊れる卵は市民。イスラエル軍によるパレスチナ自治区への攻撃を念頭に置いたものだ

▼村上さんは「私たちは皆、高くて固い壁に直面している」とも。壁の名は「制度」。制度は自己増殖して私たちを殺すようになったり、私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させたりする-

▼東西冷戦という「制度」を象徴する壁が、かつてベルリンにあった。両陣営が核のボタンを握ってにらみ合い、人類滅亡の危機さえ現実味を帯びた

▼その壁が崩れて30年。自由と民主主義の勝利で世界は安全で安心になったか。答えは否だ。冷戦後の世界を覆ったのは、グローバル化による格差の拡大や民族、宗教対立、そしてテロの横行。人々の心に不寛容、排他主義という壁が生まれた

▼各国で民衆の不満に乗じる勢力が台頭し、自国第一主義が国際政治の潮流に。国境に本物の壁が築かれ、救いを求める移民や難民の願いをつぶしている

▼一人一人は壊れやすい卵の私たちにとって壁は高く、固く、冷酷だ。再び崩せないのか。村上さんは言う。「少しでも勝てる希望があるとすれば、皆が持つ魂がかけがえのないものと信じ、その魂を一つに合わせたときの温かさによってもたらされるものである」

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