「ビルマ日記」を読み解く ビルマ戦記を追う<36>

西日本新聞 文化面

 この戦記の奧付には「中央公論事業出版」「頒価 八○○円」などとある。自費出版なのだろう。

 ここで戦記というものの傾向をひとつ書いておきたい。すなわち「自費出版は商業出版に比べて資料的価値が高い」ということである。ニーズをまったく無視して記憶を詰め込んだ本が多い。当時の軍事郵便はがきのイラストも多数載せられた本書は、そうした傾向に沿った一冊である。

 著者は昭和十七年に軍医見習士官としてビルマへ送られた大桶修義氏である。性分なのか、大桶氏はなんでもないことも子細に綴(つづ)っている。たとえば渡河である。普通なら「○○河を渡った」で終わるところを作業に当たる工兵の様子まで書き、原稿用紙にして三枚から四枚を使っている。

 その細かさは「戦地で虫歯になった将兵の例」にも及ぶ。これは「なかったはずはないのに出会わない逸話」のひとつであり、私としては想像で補うしかなかった戦地の一コマである。もちろん軍隊にも歯科医はいたのだが、実際に治療を受けた例を私は本書の他に知らない。大桶氏は抜歯の描写にも原稿用紙一枚ほどを使っている。

 戦史の上で興味深い記述となると、昭和十八年十一月に泰緬国境へ派遣されたときのものが挙げられる。サルウィン河のほとりケマピュからチェンマイへと伸びる道が拡張整備されており、大桶氏はしばらく同地で衛生管理にたずさわっている。昭和二十年に非戦闘員等がタイへと脱出したあのドーナ山系越えのルートである。工事は兵站(へいたん)線としての整備を目的としていたと考えられるが、図らずもそれが後に多くの日本人を救うことになったわけである。

 こうしたパズルのピースがはまるような発見は、戦史や歴史を追う者の喜びである。召集から復員までを詳細に残してくれた大桶氏には感謝のほかない。 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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