「細菌から象まで」を読み解く ビルマ戦記を追う<37>

西日本新聞 文化面

 先に戦記というものの傾向に触れた。ついでなので、ここでもうひとつの傾向を書いておく。すなわち「らしからぬタイトルの戦記には名著が多い」である。

 貝塚〓(〓は「人ベンに光」)(こう)氏の著した「細菌から象まで」を、タイトルから戦記と見て取れる人はまずいないだろう。こうしたとき副題はよりありがたい。本書には「一軍医のビルマ戦記」と付けられている。

 衛生勤務者から見たビルマの実態がよく分かる戦記である。戦史の影に光を当ててもおり、本書の資料的価値は非常に高い。

 インパール作戦の発起直前、第二次チンディットが日本軍の後方に空挺(くうてい)降下したことはよく知られている。これに際して英軍は「コレラ発生につき、日本軍立入るべからず」という布告紙を降下予定地付近の村落にあらかじめ貼り出している。言うまでもなく日本軍を遠ざけるための計略なのだが、計略と判明したのは貝塚氏の属していた部隊が調査に動いたからである。まず動いた憲兵隊はコレラを恐れるあまり村落への踏み込みをためらっていたという。

 実相不明のまま行動を強いられる戦地は実害がなくとも疲弊する。そんな日々を通して、各種伝染病等にどのような対処がなされたか貝塚氏は記している。コレラはもとより、マラリア、アメーバ赤痢、ペストなど、ひとつでも放置すれば軍行動が成り立たなくなる難病にビルマは溢(あふ)れていた。残念ながら人々の衛生観念も高くはなく、ノミ、シラミ、南京虫などが幅を利かせていた。これらはむろん伝染病を拡散するし、皮膚病を招きもする。軍医にとってのビルマは悪戦苦闘の地だった。

 ぞっとする逸話を貝塚氏は聞き書いているので最後に紹介する。

 アラカン山系の一民家に入った将兵が床に低く垂れ込める煙のようなものを見た。その正体は飛び跳(は)ねる無数のノミであった。 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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