「あゝビルマ」を読み解く ビルマ戦記を追う<38>

西日本新聞 文化面

 本書には「第二十六野戦防疫給水部記録」という副題がつけられている。発行者は「元第二十六野戦防疫給水部 美鴨会」。編集者は「細菌から象まで」を著した貝塚〓(〓は「人ベンに光」)(こう)氏である。ようするに部隊史であって、通例通り多くの寄稿が収められている。

 防疫給水部は、おそらくビルマにおいて最も人命を救った存在である。伝染病の予防という数値化できない成果も含めて、なくてはならない存在だった。その活動は被災地における自衛隊をイメージすれば分かりやすいだろう。インフラが損傷を受けたとき「防疫」と「給水」に関わる活動はまったく欠くことのできないものである。

 防疫の苦労を挙げていけばキリがない。ビルマをビルマたらしめる仏教も防疫給水部の活動をときに阻んだ。殺生を忌む敬虔(けいけん)な仏教徒はペスト予防のためのネズミ駆除にすら抵抗を見せ、どうかすると病原菌を殺すことにも抵抗した。そうした道徳観や倫理観は場所や人によって大きく異なりもする。衛生管理や予防接種の必要を説いて回り、村長等を通して段取りをつけるといった苦労は、内地であれば負わずに済むものだった。

 給水の苦労も一筋縄ではいかない。部隊等の移動に応じてそのつど水源を確保せねばならない。さらに水質調査を行い、濾水(ろすい)や浄水を行い、搬水手段を確保せねばならない。場所によっては満足な道もない。すべての作業は敵制空権下で行われる。水源の確保が困難な乾燥地帯では井戸を掘る必要もあった。

 多くの人命を救いながら戦史にはほとんど登場しないのだから防疫給水部はまことに不幸である。一部に見られる誤解が輪をかけて不幸である。細菌やワクチンという単語すら人によっては怪しげに聞こえるらしい。出典は忘れたし覚えていても伏せるしかないが、戦後のいかがわしい出版物を根拠にビルマの防疫給水部にあらぬ疑いをかける人も残念ながら存在するのである。 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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