「アラカンの落日」を読み解く ビルマ戦記を追う<40>

西日本新聞 文化面

 元軍医が書いた戦記は多い。罪悪感を伴う記憶が少ないからだろう。兵隊や住民を救う行為はいかに時代が変わろうと正しく、記憶と向き合うのに心理的抵抗もない。書籍を著すに足る知識を有していることや、文章をしたためることへの慣れも見逃してはなるまい。

 本書「アラカンの落日」は副題を「ビルマ戦線で戦った一軍医の手記」という。アラカンとはアラカン山系のことであるが、第五十五師団の将兵がこれを使うときは山系南部を主に指し、当時で言うアキャブ方面の山岳部といった意味合いが強い。著者の森田盛禄(せいろく)氏は同師団に属して、ビルマの緒戦から終戦までを見ている。

 軍医ならではの記述のうち個人的に印象的だった逸話をふたつ拾う。

 まずマラリアと薬について。

 ビルマの将兵を苦しめた病気の代表はなんといってもマラリアで、その特効薬の代表はキニーネである。これはもう戦記におけるセットとすら言える。ところが森田氏は、熱帯熱マラリアの場合はキニーネがほとんど効かなかったと記している。ためにアテブリンやプラスモヒンが用いられたという。アラカンの特徴だったのだろうか。いずれにしても我々(われわれ)の思い込みに待ったをかけてくれる重要な記述である。

 次に自傷行為に出た兵隊について。

 苦戦の中では戦線離脱を企てる将兵が出現する。昭和十九年二月、第二次アキャブ作戦において森田氏は左手を自分で撃った兵隊を診ている。指根骨が砕けていたという。森田氏は哀れみ、後送してやるつもりでいた。しかしその日、自傷兵の属する中隊に夜襲命令が出た。森田氏は情を振り切らねばならなかった。出撃した中隊は明け方に戻ってきたが、自傷兵の姿はなかった。

 これは軍医ゆえに抱かざるを得なかった罪悪感の一例である。 (こどころ・せいじ、作家)

*****

古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

PR

文化 アクセスランキング

PR

注目のテーマ