葉隠副長官 文学に挑む 山浦 修

西日本新聞 オピニオン面 山浦 修

 「自伝小説を本にしたので、送ります」。初秋、こんな内容の伝言メモが職場の机上にあった。ちょっと前に電話で話した際に「役人は、もっとしっかりしないと」と、後輩官僚に向けた言葉を聞き、意気軒高な85歳を実感したばかりだった。メモを手に「現役を退いて16年か。行政官人生の総括を一冊にしたのかな」との思いが巡った。

 古川貞二郎さん。佐賀県出身で九州大卒。厚生省(現厚生労働省)の事務次官などを経て、官僚トップの内閣官房副長官(事務)を歴代最長の8年7カ月務めた。首相官邸には3回勤務。官房副長官としては村山富市、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎と5代の首相を支えた。

 出会ったのは1995年、古川副長官誕生の時だった。政と官の思惑が絡み合う国策の調整役だけに、手練手管にたけた仕事師を想像していた。が、ひと味違った。淡々とした口調。温和で柔らかな物腰。青春の思い出は「やっぱり基山の草スキーですね」。エリート臭はなく「佐賀のおっちゃん」の風が吹いた。

 普通じゃない足跡にも度々触れた。厚生行政を志し、2度目の挑戦で国家公務員試験を突破したが、厚生省からは不合格通知。直談判して扉をこじ開けた。官房副長官時代は首相交代や内閣改造のたびに13回も辞表を出し、慰留された。最もうならされたのが、40年超の官僚生活の折々に、後輩に残した言葉だった。

 「公正・公平に仕事をしているか、常に自問を」「忍耐強く続け、最後の一押しをいとうな」「国民の立場と長期視点で」「2階級上司の思いで働け」「政治家と行政官は車の両輪。官僚側がバランスを取る役目を」

 「最後の一押しをいとうな」は、郷里で体得したゴボウ掘りのこつが原点。旗印だけでは進めない国政の舞台だったはずなのに、行政官としての一徹さ、いちずさに親しみを覚え、ひそかに「葉隠副長官」と呼んだ。役人指南と言えば、「悪い本当の事実を報告せよ」など、後藤田正晴氏の五訓が有名だが、人間味に富む「古川五訓」も味わい深い。一徹者は、官僚軽視に走った民主党政権の「政治主導」にも、現政権への官僚の「忖度(そんたく)」にも警鐘を鳴らし続けた。

 そんな古川さんから本が届き久しぶりにうなった。「鎮魂 ハルの生涯」(文芸春秋企画出版部)。葉隠の里を主舞台に明治・大正・昭和を生きた亡母を素材に、いちずな愛情を込めて綴(つづ)り、文学への夢もかなえた。がばい挑戦エネルギーに脱帽。背筋を伸ばしページをめくる読書の秋となった。 

(特別論説委員)

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