「定本 菊兵団 軍医のビルマ日記」を読み解く ビルマ戦記を追う<43>

西日本新聞 文化面

 著者の塩川優一氏は平成六年に「軍医のビルマ日記」という本を出しており、本書はそれに追加や訂正をほどこしたものである。戦史から漏れている小部隊の行動などを意識して拾っているのが特徴的で、ビルマ戦記を追っている方には得るものが多いだろうが、まだ関心を持たずにいる方にはやや難解かも知れない。

 それでも本書を取り上げることにしたのは、サンプラバム等の戦いに関連してカチン族のザオパンが登場するからである。先に紹介した「ザォパン」「ザウパン」と同一人物であることは言うまでもない。

 カチン族は日本人よりもはるかに身体能力が優れている。山岳地帯で展開されるそのゲリラ戦に日本軍は苦しめられた。カチン族の背後には英軍がおり、英軍はゲリラ戦や諜報(ちょうほう)活動の指導を行っていた。

 しかし、カチン族でありながらザオパンは通訳や案内等で日本軍に協力し続けている。本書によれば、「部族の不和などの理由で英軍から日本軍に寝返った」と本人は述べていたらしい。ところが終戦後、ザオパンはスパイであることが分かったという。残念ながらその根拠を塩川氏は書いていないが、スパイというのは事実だろうと私は思う。

 一九八〇年代に北ビルマを取材したフリージャーナリストの吉田敏浩氏が著書「森の回廊」にカチン族の一男性を記述している。その男性は日本軍に雇われていたとき英軍の接触を受けて内通を働き、サンプラバムを巡る戦いでは日本軍と直接銃火も交えている。

 ザオパンもそうした経緯で再度英軍についたと想像される。戦争における諜報活動の手は敵軍に協力する住民に必ず伸びる。戦地に暮らす住民は物質面でも心理面でも戦に翻弄(ほんろう)される。ビルマ戦記にのぞくザオパンの姿はその事実を強調してやまない。ザオパンの登場する戦記とまた出会えることを私は願い続けている。

 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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