「砲煙シッタンに消ゆ」を読み解く ビルマ戦記を追う<44>

西日本新聞 文化面

 著作者として「菊砲第五中隊戦史編集委員会」とある。山砲兵第十八連隊第二大隊にあった第五中隊の部隊史なのだが、一読すると部隊史と個人史の中間といった印象を受ける。中隊という単位はときに家族にも喩(たと)えられるほど兵隊にとっては身近である。久留米市の大善寺玉垂宮にある菊花の塔や、柳川市の観照寺にあるパゴダ慰霊塔などの写真が冒頭に収められていることもあって、家族的絆と郷土愛が他の部隊史よりも強く感じられる一冊である。

 そんな本書をここで取り上げることにしたのは、ビルマの自然に触れておきたかったからである。熱帯や密林のイメージが外れているわけではないものの、ビルマという国は決して狭くない。怒江作戦の雲南遠征において第五中隊は降雪に見舞われている。

 昭和十八年九月下旬から十月上旬のことと思われる。場所は中国との国境に近いトーゴーで、簡単に言えば山の峠である。兵隊たちは同地で馬にしがみついて夜気を凌(しの)ぎ、朝方に降り始めた雪に驚いている。私の知る限り、これはビルマ戦記における最も寒い記録である。炎暑地からの行軍であったから兵隊たちは防暑服をまとっていたという。

 標高による気温差や植生の違い、そして雨期と乾期。日本ほどではないにしろビルマの表情も実に多彩である。怒江作戦のあと、第五中隊は密林のフーコン谷地で戦い、乾燥地帯のメイクテーラ平野で戦い、雨期にぬかるむシッタン河下流域で戦っている。

 よく言われる「自然との戦い」は確かに戦争の一面である。山砲等は一発撃つにもまず射界を清掃せねばならない。ようするに邪魔な大木を倒しておかねばならない。本書には「十人が手を繋(つな)いでも抱ききれない大木を一日がかりで倒した」との記述もある。かといって無闇(むやみ)な伐採はできない。敵機に見つかるからである。砲煙まで考慮して射撃を行う山砲兵の日々は心労の尽きないものであった。 

(こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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