「中野學校」を読み解く ビルマ戦記を追う<48>

西日本新聞 文化面

 従軍記者としてビルマにも赴き、後年「インパール作戦従軍記」などを著した丸山静雄氏の著作である。昭和二十三年に発刊された本書の帯には「これこそ怖るべき國立スパイ養成所」といった文言が踊っている。

 こうしたテーマは昔から人を惹(ひ)きつけ、NHKあたりも好んで取り上げるので、中野学校の存在自体はご存知の方も多いと思う。しかし本書の舞台の大半はビルマであり、様々な民族やその暮らしぶりも詳しく載っている。前書きには「これは南方を舞台とした工作戦の忠実な記録ではあるが、同時に原住民族の素朴な物語でもある」と書かれている。タイトルや帯の文言は耳目を集めるための牽強(けんきょう)付会と言っても間違いではなかろう。「工作面からアプローチしたビルマ戦記」と私は位置づけている。

 とにもかくにも希有(けう)な本である。国分正三氏の名前が出てくることや、ビルマ工作機関の解説が興味深い。戦史面でほとんど空白域となっている土地の書かれていることがさらに興味深い。インパール作戦で有名なチンドウィン河の上流にシンカリカンチという場所があるのだが、この地の様子や人々が記された本など私は他に見たことがない。

 同地に進出した工作班の行動もまた興味深い。道路や産物を調査しつつ、味方を得るべく努力する。信頼を勝ち取らねば何も始まらない。その姿は海外に支店を作ろうとするビジネスマンを思わせる。達し得ずに終わっているが、進出目的はネパールへ工作員を送り込むことにあったというから驚かされる。

 分量は多くないものの、世界の秘境ワー州に関する記述もある。昭和十九年九月、ワー人の住む地域に近いロイ族村の青年から丸山氏は二日がかりで話を聞いている。そこに語られるワー人の文化や風習は当時を知る資料として得がたい。範囲は限られていても日本軍は確かにワー州にも入っていた。そのことが知れるだけでも本書は貴重である。 (こどころ・せいじ、作家)

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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。

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