【ラグビーW杯に学んだ】 藻谷 浩介さん

西日本新聞 オピニオン面

◆地域振興、国際化の視界  

 ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会が終わった。九州では福岡、熊本、大分の3会場で計10試合があり、北九州市などキャンプ地として海外チームと交流を深めた地域も多かった。関係者のご苦労は並々ならぬものがあったと思うが、その成果は次世代に引き継がれていくだろう。本当にご苦労さまでした。

 そんな中で、筆者の印象に残ったのが、ラグビーというゲームのありようだ。一進一退の攻防が、まるで「地域振興の取り組み」そのものなのだ。

 「ボールは後ろにしか投げてはいけない」「前に向かうにはボールを持って自分が走るしかない」という基本ルールの中で、相手陣地に押し込んでいくのが、どれほど大変なことか。キックという飛び道具もあるが、敵に取られてしまう可能性の方がずっと高い。地域の諸規制と無理解と非協力の中で、何とか物事を前に進めていく努力と、これはあまりに似ている。

 ボールを持った選手はタックルされ、のしかかられ、動きを封じられる。後を仲間に託せば、その仲間も瞬時に取り囲まれてしまう。うっかりパスを受け取ってしまったが最後、足を引っ張られ尽くして苦闘する選手たちの姿は、地域振興のお手伝いを生業(なりわい)とする筆者が、全国津々浦々の現場でお会いするキーパーソンたちの苦闘と、ぴったり重なって見えた。

 最後は、スクラムを組んで押し込むか、隙を見てからめ手から走り抜けるか。何にせよトライの決まる瞬間が訪れる-。それを信じて前に進むしかない。

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 他方で、ナショナルチームが多国籍メンバーで構成される、ラグビー独特のシステムも注目された。日頃われわれは深く考えずに「日本人」と言っているが、両親の出身国、本人の国籍、出生地、学んだ地、働く地、家族と住んでいる地は、それぞれに違うということを、メンバーのプロフィルを見ることで学べる。

 トライ数でトップを競った松島幸太朗選手の場合、国籍は日本だが南アフリカで6歳まで育ち、高校卒業後は同国やオーストラリアでプロに所属して活躍してきた。父親はアフリカのジンバブエ人である。そんな彼と、韓国生まれで韓国籍だが中学の途中で来日し、日本でプレーを続けている具智元(グジウォン)選手を比べて「どっちがどれだけ日本人的か」と議論することに、意味があるだろうか。

 ネットには「日本が好きで日本のために戦うチームメンバーは、国籍や出身にかかわらず日本人と同じだ」というようなコメントが目立った。それでは、生まれつきの日本人は皆、「日本が好き」なのだろうか。「日本が好き」でなければ、日本人ではないのか。いや、好き嫌いではなく親が日本人だから、自動的に日本人になった人がほとんどだろう。

 対してラグビー日本代表のメンバーは、自分が「ラグビーをする場」として日本を選んでいる。「日本が好き」「日本のために」というのは動機の核心ではない。医師にとって病院が「患者を治療する場」であるのと同じだ。医師は「好きな病院のため」ではなく、世のため、患者のために治療するのだ。

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 21世紀の日本は、「親が日本人だから日本人になった人」と、「場として日本を選んだ人」が混住する世界だ。前者は別に志なく漫然と生きていてもよいし、後者は日本人の血統がなくとも日本を選んでよい。日本人の血統を持つ者の方が、日本を場として選んだ者に優越するわけではないし、その逆でもないのである。この原理が日本人の腹に落ちて定着するのは、どのくらい先になるのだろうか。

 【略歴】1964年、山口県徳山市(現周南市)生まれ。88年東京大法学部卒、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。米コロンビア大経営大学院で経営学修士(MBA)取得。2012年1月から現職。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」など。

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