平野啓一郎 「本心」 連載第71回 第五章 “死の一瞬前”

西日本新聞 文化面

 なるほど、対面であれば得られるはずの「表情とか仕草(しぐさ)」といった情報を、今、僕たちは欠いていた。そして、それがあれば、母の言葉の真偽を判断できたはずだという彼女に、僕は呆(あき)れていた。ところが、彼女がそれを、ただ、会話の流れに任せて言っているに過ぎないのか、それとも、確信を以(もっ)て言っているのか、僕は、まさしく、彼女の表情が見えないからこそ、わからないと感じているのだった。……

「朔也(さくや)君のためっていうのもあると思う、それは絶対に。親心でしょう? けど、それだけじゃないと思う。」

「そういうのを『親心』って言う風潮が、母を安楽死に追い詰めていったんじゃないんですか?」

「違うでしょう、それは。お母さん、朔也君を本当に愛してたから。……幾ら世間がそう言っても、子供のことなんか、何とも思わない親だって、たくさんいるのよ。自分のことより子供のことをまず考えたいって、……そんな優しい心の親に愛されて育ってるから、あなたにはわからないのよ。そんなふうに思ってくれる親がいるなんて、贅沢(ぜいたく)よ。羨(うらや)ましい。」

 猫は、ゆっくりと目を瞑(つぶ)って開くと、先ほどと同じように、夕暮れの下で黄金色の光を揺らめかせているプールに目を遣(や)った。僕には感じられない風が、ゆったりと椰子(やし)の木の枝の隙間を潜(くぐ)ってゆく。

 三好の言葉に、僕はすぐには反論しなかった。その響きには、これまでと違った非難の調子が含まれていて、僕はそれに気圧(けお)された。同時に、直(じか)に触れることが憚(はばか)られるような過敏な記憶が、剝(む)き出しになっている痛ましさを感じた。

「もちろん、そういう家庭もあるでしょうけど、……」

「あるの。――だから、お母さんが朔也君を愛していて、その思いから将来を心配してたことだけは信じてあげないと。かわいそうでしょう? お母さん、わたしのこと、“友達”だって言ってくれてたから、その“友達”の立場で言うの。だけど――聴いて――、わたしが言いたいのはそのことじゃない。それでも、安楽死したかったって言うのは、お母さん自身の意思なのよ。長い人生を通じて考えてきたことよ。朔也君、本当にわからない? 『もう十分』っていう感じ。」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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