われら前衛の徒 大分新世紀群の軌跡(5)県展など糞くらえ! 若気の反逆 新時代の絵を求め

西日本新聞 文化面 藤原 賢吾

 青年は激怒した。

 全身全霊で描いた女性の肖像画。その裏には、無残な白墨のバツ印。佐藤至良(1929~2013)が戦後間もない大分県美術協会展に出品した作品だった。審査員は戦前、猪熊弦一郎らと新制作派協会を設立した大分市出身の人気画家・佐藤敬である。戦争の影を振り払おうと絵にすがった青年至良は、そのバツ印に深く傷ついてもいた。

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 戦況が悪化の一途を辿(たど)る1944年、至良は志願して陸軍予科士官学校に入校する。制服で颯爽(さっそう)と母校を訪れる先輩への憧れがそうさせた。しかし、すぐに現実を知る。乏しい食料、関東上空を悠然と飛ぶB29。上官の話を聞けば、自らの未来は特攻の他にない。

 最新戦闘機でB29に立ち向かう先輩を目撃した。体当たりの前に火だるまとなって散り散りになる機体。成功しても大きな損傷を受けずに飛び続ける敵機。

 <壮烈な先輩達の戦いをみて、後に続くぞと奮い立たねばならぬところだが、気持は逆に滅入(めい)ってしまう。自分自身の最後を目の当たりにした思いである>(文芸誌「航跡」)

 学校に1トン爆弾が落とされた。次々と遺体が運ばれる中、九死に一生を得る。原爆が落ち、親元に遺書と爪と髪を送れと命じられる。そして敗戦。帰り着いた大分は、焼け野原だった。

 何のために生きるのか。眠れぬほど悩んだ。ふと、中学校で見たある絵が脳裏に浮かぶ。暗い背景に描かれた若い男の顔。<魅せられてしまった。戦(いくさ)の神と違った神をみた>(同)

 夢中で描いた。そして県美展に出品した。佐藤敬はじっと見て断じた。

 「その絵は落選!」

 <心血を注ぎ、自らの主張をこめて描いたものを、たった一人の審査員の目にゆだねて、その優劣を評価させたままで良いのか><県展など糞(くそ)くらえだ!>(同)

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 戦後ほどなく大分市の画材店「キムラヤ」裏に建てられたアトリエに、絵を愛する若者が集った。コッペパンをかじりながら開かれた2人展を機に、若者たちがサークル結成の声を上げた。51年、こうして生まれたグループに磯崎新(88)らと「新世紀群」と命名したのが、創業夫婦の長男・木村成敏(1925~2008)だった。最年長の彼は「群長」と呼ばれた。

 成敏は千葉の中央気象台海軍委託生として終戦を迎えた。戦後、日本大芸術学部に入学。大学自治会の委員長を務めた左翼運動の闘士で、東宝争議(46~48)で応援演説を行った。65年に共産党から出馬し、大分市議を2期務めている。

 成敏は新世紀群のイデオローグの中心だった。後に影響を受け入党する人もいたが、思想の強制はなかったと元メンバーは口をそろえる。真剣に絵と向き合うデッサン会などを離れれば、皆で登山を楽しんだり展覧会の観賞旅行をしたりと、どちらかといえば牧歌的なサークルだった。

 蛙(かえる)の子は蛙。稼業が傾くほど文化とスポーツの普及に金と情熱を注いだ父・純一郎のように、成敏も新世紀群を物心両面で支えた。デッサン会場の提供はもちろん、佐藤忠良や朝倉摂など中央で活躍する表現者を招いた講演会費も負担。「商売はほったらかし。兄貴がソロバンを持っているところを見たことがない」。弟の譲(91)は回想する。

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 アトリエで51年に開かれた第1回展への出品者は成敏、至良のほか磯崎や吉村益信ら。彼らに通底していたのは、戦前の価値観への反抗心だった。後に至良が「若気の反逆」(大分合同新聞)と回想したように、53年の県美展閉幕直後、落選作31点を集めてキムラヤ前の路上に並べている。

 戦後の大きな変革の波は美術界にも及んだ。米軍統治下の47年から共産党に近い日本美術会が「日本アンデパンダン展」を、49年からは読売新聞社も同名の展覧会を開催。無審査の両展により既存の公募展や団体展を否定する流れが顕著となり、占領が終わる52年ごろからは社会の矛盾を突く作品も増えた。「ルポルタージュ絵画」と呼ばれた池田龍雄(91)や山下菊二の作品などがそうだ。

 池田を講師として招いた新世紀群も、その潮流に影響を受けた絵画が多かった。毎回20人ほど集まったデッサン会では、参加者がモデルになり1枚を10分程度で仕上げるデッサンを2時間繰り返した。「熱気で包まれた空間が本当に心地よかった」。高校生時代に新世紀群に入った薬師寺保之(83)=横浜市=は懐かしむ。「東京に行ったまっさん(吉村)は長期休暇で帰る度に画風が変わり、皆が『すごい』と驚いていました」

 公募展を否定し東京の新たな動向に刺激を受けた彼らは、やがて展示室を飛び出していく。目指すは野外。それも、誰もが行き交う公園だった。 =敬称略

 (藤原賢吾)

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