「桃山茶陶」の写し制作へ 23日に筑後市で火入れ、来春披露

西日本新聞 筑豊版 安部 裕視

 福智町上野(あがの)にある上野焼古窯「釜ノ口窯」跡の本格的な発掘調査を目指し、高取焼と上野焼などの9窯元が結集する。約400年前に「桃山茶陶」として一世を風靡(ふうび)した当時の古高取と古上野の写しとなる作品を焼き上げ、来年4月に筑後市の九州芸文館が主催する「福岡県の桃山茶陶展」で作品を披露。国内の重要な茶陶生産地だった地域の歴史と遺産をアピールする。

 9窯元は、高取焼の亀井味楽、高取八山、高取八仙各氏、上野焼の高鶴淳一、高鶴享一、渡仁、世良公男、梶原陽峰の各氏と小石原焼の長沼武久氏。九州桃山茶陶研究会メンバーを含めて「写し」を持ち寄り、23日に九州芸文館が主催する「第11回筑後七国卑弥呼の火祭り・つくし窯祭典」に参加して焼き上げる。

 高取焼は筑前福岡藩の窯、上野焼は豊前小倉藩の窯として、ともに17世紀初頭に福智山山系で始まった。代表的な高取焼古窯「内ケ磯(うちがそ)窯」(直方市)と「釜ノ口窯」は、福智山の尾根一つを隔てた近場にあり、9窯元は古高取と古上野を「地域一帯の宝」とみて、顕彰活動を始める。

 両窯は当時国内最大級の連房式登り窯で、茶陶器を大量生産して京都の市場に流通させ、「茶の湯文化」の発展に大きく関わった。これまで内ケ磯窯は本格的な発掘調査が行われ、窯の構造や周辺部分まで含めて判明。一方、学術調査がなされていない釜ノ口窯は実態が未解明で、多くの専門家などが出土品の保護とともに本格的な調査研究を求めている。

 内ケ磯窯からは、千利休の弟子で大名茶人の古田織部が好んだ「織部好み」の茶陶が大量に出土。釜ノ口窯は、同じく千利休の弟子だった初代小倉藩主細川忠興(のちの三斎)が李朝朝鮮の陶工・尊楷(そんかい)を招いて築窯し、茶人小堀遠州の影響を受けた「遠州七窯(えんしゅうなながま)」の一つにも数えられている。

 尊楷や、細川家が肥後熊本藩に移封された後も上野に残った渡久左衛門の子孫に当たる上野焼宗家十二代の渡さんは、「火祭りを機に『写し』を作り、多くの人に見てもらうことで高取焼と上野焼を顕彰する活動に火を付け、釜ノ口窯に光を当てたい」と語る。

 「つくし窯」で焼き上げた作品は、古高取や古上野の出土品とともに来年4月中旬に九州桃山茶陶研究会が主催に加わる「福岡県の桃山茶陶展」で展示。「再考! 福岡のやきもの-発掘陶片が語る歴史の真実と魅力」(仮称)と題した専門家によるパネルディスカッションなどを通じ、両窯から生み出された茶陶の歴史的、文化的価値をうたい上げる。 (安部裕視)

 ◆第11回筑後七国卑弥呼の火祭り 23日午前10時~午後8時半、筑後市の筑後広域公園で開催。同公園にある芸術文化交流施設の九州芸文館が主催する。筑後の奇祭「大人形(ううにんぎょう)さん除幕」、みやま市の八坂神社の祭礼「大提灯(ううぢょうちん)点灯」、八女市に伝わる人形芝居「旭座人形劇」などがあり、昨年5月に設置された登り窯「つくし窯」を使う窯焚きイベントに県内の陶芸家らが参加する。

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