被爆者の心 解かした語り 38年前長崎訪問 ヨハネ・パウロ2世

西日本新聞 社会面 野村 大輔

 38年前、初めて被爆地・長崎を訪れたローマ法王ヨハネ・パウロ2世(当時)の語り掛けが、沈黙を貫いていたカトリック被爆者の心を解かし、あの日の体験を証言するきっかけをつくった。被爆者養護施設「恵の丘長崎原爆ホーム」(長崎市)に入所する山崎千鶴代さん(78)は、1982年にホームが創刊した証言集で、長く封じ込めていた家族への思いを語った。

 <原爆さえなかったら、平凡な家庭がここにひとつあったでしょう。(原爆投下が)3度許されてはならない>。あの日、4歳だった山崎さんは二つ下の弟と疎開していた。翌日、爆心地近くの自宅にいるはずの両親と妹を捜した。家は跡形もなかった。山崎さんは親類宅へ、弟は原爆孤児施設に引き取られた。

 栄養失調で視力が低下し、カトリック修道会が設立したホームへ。81年、ヨハネ・パウロ2世がホームを訪れた際、「手が届きそうなほど近く」でその言葉に触れた。「皆さんは絶え間なく語り掛ける、生きた平和アピールです」。被爆者の声の一つ一つが平和の尊さを説く-とのメッセージに背中を押された。

 ホーム職員が始めた被爆体験の聞き取りに応じ、家族への思いを語ったとき、甘えられなかった母への愛があふれ出た。<あなたを思うと今でも涙がこぼれてきます>。創刊号では山崎さんら43人が証言。これまで計29集が刊行された。

 ホームでは、蓄積された証言を基にした劇を95年から上演している。現在約350人が入所するが、高齢化で演じられる人は減り、近年は修学旅行の小学生も出演している。原爆を生き延びながらも差別や偏見にさらされてきた体験もあれば、今も心を閉ざしたまま証言できない人もいる。舞台に立ち、そんな事情に触れた児童は「心に大きな被害を受けていたことがショックだった」と口にする。

 原爆投下から70年以上が過ぎ、被爆者なき時代が迫っている。法王が言う「生きた平和アピール」を続けることは困難になりつつある。だが証言は先の時代にも残り、劇で共演した子らの記憶にも刻まれる。ホーム職員の鹿山彰さん(53)は、24日に長崎を訪れる法王フランシスコ(82)の言葉に、38年前の出来事がもたらしたような影響を期待する。「入所者や子どもたちを勇気づけ、活動を励ましてほしい」 (野村大輔)

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