恵楓園、幻の「30年史」発行 戦争で未完成、補足し再構成

西日本新聞 社会面 和田 剛

 全国最大規模の国立ハンセン病療養所、菊池恵楓園は、戦前に編集したまま未完成だった「九州療養所30年史」を110周年記念事業として発行した。2015年に園内で発見された原稿を近年の研究成果を踏まえて補足し、療養所の初期の姿を伝える資料として再構成した。ハンセン病の治療法が確立されていなかった時代の過酷な差別とともに、入所者が療養所内で懸命に社会生活を営んだ姿も浮かんでくる。

 30年史は、第3代所長の宮崎松記氏が1938年に企画したが、戦争で印刷費が高騰し延期した。戦後に発行された50年史が最古の恵楓園史とされてきたが、そこで漏れていた事実が30年史に記載されていた。

 新事実としては、「隔離政策の象徴」といわれるコンクリート壁を28年に造った理由が判明した。熊本県が旧農林省の種鶏場を九州療養所近くに誘致する際、「患者が敷地内に侵入してくる」という同省側の懸念を受けて設置したという。30年史でも「延々と取り巻く灰色のコンクリートは患者に精神的重圧を与え…」と記されており、完成当時も入所者から強い非難があったことを示している。

 このほか、九州療養所が設置される前、旧花園村(現熊本市西区)の本妙寺の近くにハンセン病患者が多く住んでいたことから、県が同村への療養所設置を計画。村が強く反対する意見書を07年に出していた経緯が詳細に分かった。32年に入所者500人が園外へ行進した「患者脱出事件」の理由が、ある職員の不祥事にあったことも分かった。

 30年史はA5判で382ページ。600部を発行。21日の110周年式典に参加した学識者などに配布した。研究者が活用しやすいよう、固有名詞や差別的表現に注釈を付け原文で採用した。箕田誠司園長は「ハンセン病政策の正しい歴史認識に役立ててもらいたい」としている。 (和田剛)

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創立110周年式典 差別ない社会願う

 菊池恵楓園(箕田誠司園長)の創立110周年式典が21日、熊本県合志市の同園であり、入所者や園職員、蒲島郁夫知事ら計約300人が参列した。

 入所者自治会の志村康会長(86)が、ハンセン病への差別解消に向け入所者や職員と協力する考えを強調。「ハンセン病の家族がいることを気楽に話せる社会が来ることを希望し、頑張っていく」と述べた。

 恵楓園は1909年4月、九州7県が合同で運営する「九州療養所」として発足。41年に国立の菊池恵楓園になった。50年代には1700人を超す入所者が暮らしたが、現在は179人に減少し、平均年齢84・4歳と高齢化している。

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