聞き書き「一歩も退かんど」(26) 釈放されても一騒動 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 朝の9時を過ぎても、いつものお迎えが来ません。2003年8月13日。私がいるのは鹿児島南署留置場の3号室。同居人の消防士が「川畑さん、こりゃあ釈放だよ」とささやきます。判で押したように午前8時20分に姿を見せ、私を取調室まで引っ立てる刑事が、顔を見せないのです。

 しばらくしてパチンと出入り口が開きました。「川畑さん、出てください」と留置場の担当官。初めての「さん」付けです。それから何やら書類を読み上げると、「じゃあ、帰っていいですよ」。私はその言葉にかちんときました。

 「勝手に人を遠い志布志から連れてきておいて、帰っていいよ、とはどういうことか。家まで車で送ります、が筋じゃないか」

 一騒動の末、預けていた私物を受け取り留置場を後に。刑事課を通ると、刑事たちが「川畑さん、おめでとう」と手をたたきます。1階に下り、交通課の受付で「すいません。ほんとは志布志までて言いたいっちゃけど、フェリー乗り場まで送ってくださーい」と大声で申し出ました。すると、刑事が出てきて「川畑さん、それはできん」。「あんたたちが勝手に連れてきたんだから、送らんか」と食い下がると、タクシーだけは呼んでくれました。

 「これっておかしいですよね」。運転手さんに鬱憤(うっぷん)をぶちまけると、気の毒がってくれましたが、タクシー代は結局、自分の財布から払いました。今でも納得がいきません。

 鹿児島港からフェリーに乗り、垂水港に降り立つと、妻の順子ら家族が迎えに来てくれていました。孫が「じいちゃん、どこに旅行いっとったの」と聞いてきます。私が「牢屋(ろうや)たい」と大声で答え、ありもしない罪で逮捕されたと話し始めたら、長女の小由美(さゆみ)が「お父さん、やめてやめて」とさえぎりました。

 志布志事件でこの日釈放されたのは私と、妻のいとこ中山信一の焼酎会社の副社長だった門松輝海さんに池口勤さん。私と門松さんが懐(ふところ)集落で金を配ったとされ、池口さんが受け取ったとされていました。しかし、3人とも徹底的に否認を貫いたので、検察側は私たちまで起訴すれば、公判の維持が厄介になると考えたのではないでしょうか。

 結局、志布志事件では中山と妻のシゲ子さん、藤元いち子さんをはじめ、計13人が鹿児島地裁に起訴されました(うち1人は在宅)。ここから闘いの場は法廷へと移っていきます。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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