聞き書き「一歩も退かんど」(27) 「あんやんを守らにゃ」 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 2003年夏の終わり、釈放された私は志布志事件の舞台になった鹿児島県志布志市四浦(ようら)地区の懐(ふところ)集落を訪ねてみました。ある人物に会いたかったのです。

 その人は、私と同じ日に逮捕され、同じ日に釈放された池口勤さん。私は彼に10万円を渡した公選法違反(買収)容疑で逮捕されたのです。互いに顔すら知りませんでした。

 集落の外れの狭い道沿いに、池口さんの家がありました。「川畑でーす」と呼び掛けると、池口さんが「おー。あの川畑さんか」と声を上げ、牛小屋の柵を跳び越えて出てきました。

 「初めて会うがな」と握手して「お互い釈放されてよかったな」と肩をたたき合いました。それだけで「戦友」の気分です。

 話を聞くと、池口さんも私を調べたT警部補らに責め立てられたそうです。「おいはそれでも認めんやったど。もらっとらんもんはもらっとらん」と池口さん。私は「ありがとう、ありがとう」とその武骨な手を握りました。

 池口さんと同様、私にとって大切な供述をしてくれたのが、親友の川俣次男君です。懐集落で1回目の買収会合があったとされた同年2月8日、私は、雨で仕事が休みになった川俣君と宮崎県串間市の温泉に行きました。私の家に戻って2人で酒を飲み、帰宅する川俣君のため私の電話から代行運転を手配したのです。温泉の女性従業員も、陽気なおじさん2人組のことを覚えていて、私のアリバイが証明されたのです。

 工務店を自営する川俣君とは、菓子店の増築工事を頼んだ時からの仲。当時は独身だった彼は私たち夫婦の仕事中、娘2人の面倒も見てくれました。

 私の勾留中、川俣君は鹿児島地検に呼び出され、私の担当のT副検事から調べられました。「うそをついているだろう」と追及され、「おいは、あんやんを守らにゃいかん」と強い口調で宣言したそうです。すると、T副検事はきょとんとした顔で事務官に「あんやんって何?」と尋ねたとか。

 釈放後に川俣君から一部始終を聞きました。大笑いして、そして、うれしかったですね。「あんやん」とは鹿児島弁で「兄ちゃん」。私は彼を、弟も同然だよという親しみをこめて「次やん」と呼びます。

 事件のおかげで少々酒が強くなった私は、こよいも「次やん」と焼酎を酌み交わし、しみじみと思うのです。仲間っていいなと。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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