水俣病の継承、多様化 資料館の「伝え手」制度、導入1年

西日本新聞 熊本版 村田 直隆

 水俣病の体験を語り部として伝える患者や家族が高齢化する中で、水俣市立水俣病資料館が講師の範囲を広げる「伝え手」制度を導入して26日で1年を迎える。行政OBや患者の支援者、地域の再生に取り組んできた人たちなど4人が加わり、水俣病の実相や教訓を継承する体制や講話の内容がどう変わったのか。伝え手の講話を聞いて、現状を追った。

 「恵美子さんの代わりはできないけど、語ることによってバトンを受け継ぐことはできる」。伝え手を務める元水俣病資料館館長の坂本直充さん(65)は7日、玉名市立玉陵小の5年生62人に語り掛けた。

 小児性患者の前田恵美子さんは、資料館の語り部を10年ほど務め、昨年4月に亡くなった。当時語り部はほかに10人いたが、うち3人が高齢や体調不良で活動を休止した。残る7人も平均67歳と高齢で、年間約300回の講話が困難となった。前田さんは講話回数が最も多かったため、他の語り部への負担が増した。

 新たな語り部の確保が難しいこともあり、2017年から語り部を補助する伝え手制度を検討していた水俣市は、急ピッチで人選など準備を進めた。教育関係者や支援者、研究者など水俣病に関わるさまざまな立場の人に打診し、4人が快諾した。その結果、17年度は1人当たり平均38回だった講話回数が、18年度は26回になった。

 被害者の体験が中心だった講話に、多様な視点が加わることも伝え手制度の狙いだ。

 「私は高校生のときまで、水俣病に対して偏見や差別を持っていたのです」。坂本さんは、父親が水俣病の原因企業チッソに勤めていたことを説明した上でこう打ち明けた。「正しい知識を持たなかったがために患者に向き合おうとしなかった。学ぶことがいかに大事かしっかり押さえておくべきだ」と力を込めた。

 坂本さんは市職員時代に多くの患者と交流してきたことも振り返り「一人一人の命は本当にかけがえのないものだということを教わった。だから、そのかけがえのない相手を傷つけるいじめや差別はしてはいけません」と締めた。講話を聞いた森本実生さん(10)は「人のことを理解した上で、しっかり向き合って話し合いをすることの大切さを学びました」と心に響いた様子だった。

 資料館は、講話で何を話すかは伝え手の自主性に任せている。受講側に「小学生向けの難しくない内容を」「偏見、差別の実態を深く学びたい」といった要望がある場合、伝え手の割り当てを考えるなど運用を工夫することもあるという。

 ただ、伝え手の人数は、まだ不足気味だ。講話は午前10時半▽午後1時半▽午後3時-の3回で、日中に仕事がある人には難しい。

 上田敬祐館長は「講師と受講者のマッチングにより配慮するとともに、安定的な講話活動を維持するために伝え手を増やしていく必要がある」と話している。(村田直隆)

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