ローマ教皇が長崎訪問 市民ら旗振り、姿に感激

 ローマ教皇(法王)フランシスコが24日、長崎市を訪れた。爆心地公園、日本二十六聖人殉教地、県営野球場…。各所で平和を祈り、メッセージを残した。教皇の言葉は宗教や世代を超えて、多くの人々の心に響いた。

爆心地公園

 長崎市松山町の爆心地公園前には午前7時半ごろから、教皇を一目見ようと開場を待つ市民たちが列を作った。

 この日は朝から雨風が強まるあいにくの天気。それでも近くの沿道にはカッパ姿の人が集まった。滋賀県から訪れた公務員の沖大樹さん(24)は、公園の中をうかがえる場所を探しながら「中には入れないがせめて教皇の声が聞ければ」。

 教皇を乗せた車が沿道を通って公園に近づくと、一斉に日本の国旗などの旗が振られた。核兵器廃絶を訴える署名活動を続ける長崎市の森川恵美子さん(73)は車内から手を振る教皇の姿を見ることができ「にこやかな表情だった」と感激した様子。

 爆心地公園での演説を終えた教皇に、再び被爆者を生まないよう願いを込めた歌「もう二度と」を歌った同市の合唱団「被爆者歌う会ひまわり」の田川代枝子(よしこ)さん(86)は「教皇の耳を通して全世界の人に聴いてほしいという思いで歌った」と笑顔で話した。

ミサ会場

 朝から雨が降り始めたミサ会場の県営野球場入り口には、正午にかけて入場手続きをする信者の長蛇の列ができた。時折雷も鳴る激しい雨だったが、佐世保市の川上友子さん(65)は「禁教期の迫害に比べれば大したことない」と語り、開始を待った。

 午後1時半すぎ、雨も上がり、教皇は専用車で入場。立ったまま手を振りながら会場を一周する間、信者が子どもを抱き上げると頭に触れるなど信者と交わった。祭壇には原爆で倒壊した浦上天主堂の「被爆マリア」が置かれ、教皇は一礼をささげた。

 会場の外では、入ることができなかった人たちが教皇の退場を待ち続けた。長与町の岩崎敏子さん(69)は「少しでも近くで空気を吸いたくて」と、場内からの賛美歌に耳を傾けた。iPhone(アイフォーン)に配信されるミサの動画を見つめる姿もあった。

 ミサが終わると、参列者は拍手で教皇を見送った。岡山県倉敷市から訪れた70代女性は「声の響きや体全体から教皇の優しさが伝わった。パワフルな方だが根本は優しさだと感じた」。孫と参列した長崎市の被爆者永尾順子さん(76)は「核兵器はなくなってほしい。教皇のメッセージが全世界に届いてほしい」と語った。 

西坂公園

 2番目の訪問先、日本二十六聖人殉教地の西坂公園では、午前10時ごろから約900人のカトリック信者たちが集い、教皇が着くと握手を求める人たちであふれた。

 禁教下で外国人宣教師と日本人の信者ら26人が殉教した地。雨に打たれて待ちわびた長崎市上西山町の信者、藤村栄三郎さん(70)は「38年前は仕事で教皇と会えなかった。今日は何があっても待ち続ける」と力を込めた。

 教皇は到着すると、設けられた壇上から「自らの命をもって主の素晴らしさを明かした同志殉教者たち全てに願いましょう」とあいさつ。その後、日本二十六聖人記念館を訪れ、弾圧下で潜伏キリシタンが隠し持ち、信仰の対象にした「雪のサンタマリア」などを熱心に見学したという。

 教皇と握手した長与町の団体職員福田真理さん(55)は「私が手を離すまで強く手を握ってくれた。優しい人柄が垣間見えた」と感激した様子だった。 

長崎空港

 教皇は午前9時半ごろ、特別機で長崎空港に到着。タラップを下りて地元の園田裕史市長らの出迎えを受けた後、黒塗りの乗用車に乗り込み、白バイなどに先導されて出発した。

 到着直前まで雷が鳴る悪天候の中、沿道では傘を差した約600人の市民が日の丸や教皇の母国アルゼンチン、バチカン市国の国旗を振って歓迎した。子どもたちがカトリック系の幼稚園に通っているという大村市の待永フミさん(45)は「日本の西の端まで来られて非核のメッセージを発信してもらえる。本当にありがたい」。車列は市民の前をゆっくりと進み、教皇は窓を開けて歓迎に応えた。鹿児島市の会社員永野順一さん(61)は「優しそうな笑顔だった」と話した。

(坪井映里香、徳増瑛子、平山成美、西田昌矢、山本敦文)

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