教皇の訴え 日本こそ核廃絶の先頭に

西日本新聞 オピニオン面

 いかなる理由であろうと人間が人間の生命を奪うことを許してはならない。被爆地の長崎・広島で「核兵器から解放された平和な世界」を訴えたローマ教皇フランシスコの演説の根底に流れているのは、そうしたメッセージだろう。

 長崎市の爆心地に立った教皇は傍らに原爆投下直後に撮影されたという「焼き場に立つ少年」のパネル写真を置き、長崎を「核攻撃が人道上も環境上も破滅的な結末をもたらすことの証人である町」と表現した。広島市では「戦争のために原子力を使うことは犯罪以外の何ものでもない」と説いた。

 信者13億人を抱えるローマ・カトリック教会の最高指導者であり、核軍縮推進に積極的なバチカンの国家元首でもある教皇の言葉には、何者であろうと耳を傾けるべき重みがある。

 東西両陣営による冷戦の終結で人々は核戦争の恐怖から解き放たれたはずだった。2009年にオバマ前米大統領がプラハで「核なき世界」を訴え、16年には現職大統領として初めて広島を訪れた。核廃絶の機運が盛り上がるかと思われた。

 その期待は裏切られた。核保有国に限らず自国第一主義が台頭し、北朝鮮の核開発など核軍拡に逆戻りしかねない動きが相次ぐ。トランプ米大統領はイランの核開発阻止が目的だった多国間合意から離脱し、ロシアとの中距離核戦力(INF)全廃条約も失効させた。

 国連で17年に採択された「核兵器禁止条約」も批准が進まない。批准はバチカンなど33カ国・地域にとどまり、発効に必要な50カ国・地域にはほど遠い。

 教皇は被爆地での演説で核軍縮の後退を批判し、政治指導者に「核兵器は私たちを守ってくれるものではないと心に刻んでほしい」と呼び掛けた。

 厳しい視線は日本にも向けられている。力の均衡を重視する核抑止論に立ち、米国の「核の傘」に依存しているからだ。核兵器禁止条約も「安全保障の現実を踏まえずに作られた」として批准していない。「核戦争の脅威による威嚇をちらつかせながらどうして平和を提案できるのか」。教皇はそう述べて核抑止論を真っ向から否定した。

 唯一の戦争被爆国こそ身をもって核兵器の恐ろしさを訴えることができる。核廃絶に向けて行動すべきではないか。政府も一般の人々ももっと自覚してほしい-教皇の言葉からはそうした含意がくみ取れる。

 来春には核拡散防止条約(NPT)を5年に1度見直す再検討会議がある。核廃絶を理想のまま終わらせていいのか。私たち日本人は先頭に立つような役割が求められている。

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