沿線の暮らしとともに 轟音の下、変わらぬ味 佐世保中央駅

西日本新聞 長崎・佐世保版佐賀版 宮崎 省三

松浦鉄道 ひと巡り(1)

 佐世保駅を出発した松浦鉄道(MR)の列車が最初に止まる佐世保中央駅。次の中佐世保駅までわずか200メートル。「日本最短」の駅間のガード下には茶舗、洋服店、美容室などが連なる。戦後間もなく、商店主たちが旧国鉄に土地を借り、橋脚を覆うように店や家を建てたのが始まりという。

 国道35号に面した場所で営業する「中華喜楽本店」は最古参の一つ。

 先代の中野熊五郎さんは鉄道マンだった。南満州鉄道(満鉄)の職員時代に召集され、ビルマ戦線へ。佐世保に復員し、国鉄で働いたが安月給。「めし、食うていかれん」と、さまざまな商売に手を付けた。行き着いたのはラーメン屋台。鉄道との縁を切れなかったのだろう。やがてガード下に店を構えた。

 妻の貴美子さん(87)は1956年に熊本から嫁いできた。保険外交員の紹介だった。熊五郎さんにラーメン作りを教わり、夫婦で店に立った。

 当時は4坪、カウンター8席だけの狭い店。新しいもの好きの熊五郎さんは、周りのどこの店よりも早くクーラーや自動ドアを付けた。涼しさと珍しさで客を引きつけ、昼時はサラリーマンが列をつくった。店先で飼っていたサルも人気者だった。

 80年代になり、店を広げるため現在の場所へ移転。欧州で料理修業をしていた長男裕一さん(60)を呼び寄せ、メニューが豊富な中華料理店となった。

 地元の中華料理店組合の組合長を長く務めた熊五郎さんは94年、72歳で亡くなった。それから四半世紀。高さ約5メートルのガード下は、いくつもの店が入れ替わったが、熊五郎さんの味は変わらない。ラーメンを作るのは、ずっと貴美子さんの役割だ。

 昭和の風情を残す店内は列車が通るたびに轟音(ごうおん)が響く。「昔は石炭ば積んだ長か列車が走って、よう揺れよった。今は1両か2両。気付かんうちに通り過ぎよる」。国鉄の時代を知る貴美子さんは、時代の移り変わりに寂しさを感じる。

 鉄路を支える橋脚は店内に6本ある。周囲をれんがで覆ったのは熊五郎さん。異彩を放つクリスタルガラス製のスピーカー2台も、熊五郎さんが40年ほど前に45万円で買ったそうだ。

 先代のセンスが光る「町中華」を支えているのは常連客。かつて高校生だった客は今、孫と一緒にラーメンをすする。気動車の短い轟音を聞きながら。

   ◇   ◇

 長崎県北部と佐賀県西北部を結ぶ松浦鉄道。ビルの谷間や住宅街を抜け、海岸を伝い、焼き物の産地へと走る。沿線を巡り、駅や地域の変遷を見つめてきた店や人を訪ねた。(宮崎省三)

 

 

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