港と石炭のまち今昔 相浦駅

西日本新聞 長崎・佐世保版佐賀版 平山 成美

松浦鉄道 ひと巡り(4)

 「ここはまんじゅう屋、あそこが薬屋。長くやっていたけれど、もうどこも閉まってしまったねえ…」

 空き店舗が目立つ佐世保市相浦町の商店街。食品や日用品を販売していた唯一のミニスーパーも、5月にシャッターを下ろした。相浦商工振興会の村中弘司会長(88)は、かつてのにぎわいを思い起こしながら通りを見つめた。

 戦前から、港を中心に石炭の積み出しで栄えた。相浦駅は貨物車と貨客車が行き交い、港から約1キロ続く商店街には旅館や料亭もあり、人通りが絶えなかった。

 村中さんは小学校の帰り道、毎日のように通りの店に寄った。好きだったのは鍛冶屋。「トン、チン、カンと、くわや包丁を作る姿が面白くてね」。商店主にあめをもらって帰るのが子どもたちの楽しみだった。

 戦後、佐世保市中心部の中学校に列車で通った。車内は炭鉱があった江迎や佐々で先に乗車した生徒で、いつも満員だった。

 だが、1960年前後を境に相浦駅や商店街の活気はしぼんだ。エネルギーの主役が石炭から石油へ。大型になった貨物船や漁船は小規模な相浦港に入らなくなり、村中さんが営む酒店も客足が遠のいた。店主の後継者不足は商店街の衰退に拍車を掛けた。空き店舗には看板や店の名前の跡が切なく残る。

 ミニスーパーの閉店は高齢者の暮らしに影響した。最寄りのスーパーは、歩いて行くには遠い。車の運転免許証を返納した村中さんは1時間に2本ほど通るバスが頼り。「生活弱者を痛感する。冬の北風は特にこたえる」。もうすぐ一番つらい季節が訪れる。

 そんな相浦が活気を取り戻す行事がある。2月下旬の愛宕市だ。

 「相浦富士」と呼ばれる愛宕山の地蔵菩薩(ぼさつ)開帳に合わせた門前市が始まりで、約440年の歴史がある。3日間の会期中は1キロが歩行者専用道路になり、花の苗、木工品、竹製品などを売る露店が並ぶ。春を告げる風物詩として知られ、例年3万人が訪れる。

 「昔のにぎわいを知る人がよそから来て、懐かしいねと言ってくれるのがうれしい」。主催者団体の代表を約30年務める村中さん。愛宕市への思い入れはひとしおだ。

 世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の黒島の集落に向かう船は相浦港発着。世界遺産登録後、相浦に初めて足を運ぶ観光客も少なくない。「近くに自衛隊もいるし、大学もある。土地としては恵まれている」。希望の光は見失わない。 (平山成美)

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