幻の淀姫市謎を探る 松浦駅

西日本新聞 長崎・佐世保版佐賀版 福田 章

松浦鉄道 ひと巡り(7)

 松浦駅から程近い淀姫神社(松浦市志佐町)で10月下旬、九電工の地元社員8人が境内を掃除していた。神社の例大祭、志佐くんちを控え「ここは市民の心のよりどころだから」と奉仕作業を買って出た。

 松浦勤務5年目の山本真也営業所長(48)が気になることを言った。「昭和の大合併の際、松浦の市名はこの神社にちなみ『淀姫市』に決まりかけたと聞きました。詳しく知りたいところです」

 山本さんからの「特命」に突き動かされるように、1975年発行の松浦市史を繰った。

 松浦市は55(昭和30)年3月31日、志佐町、新御厨町、調川(つきのかわ)町が対等合併して発足。同年4月15日に今福町を編入合併した。

 市史によると<市名は初め公募して淀姫市と命名したが、やはり古代からの地名であり松浦党の発祥地でもあるので将来の発展を期し、松浦市と改め->とある。「淀姫市」の記述はあるが、どこかあいまいで、市制施行からわずか15日後に今福町が編入された経緯に疑問が残る。

 市役所に依頼して、55年の「松浦市制施行関係書類綴(とじ)」を書庫から出してもらった。その中に、前年9月に市名を「淀姫市」と申請したが「松浦市」に改称する、と西岡竹次郎知事に申請した文書があった。日付は新市発足3週間前の55年3月10日。志佐町の70代の男性が当時の状況を推察する。

 「由緒ある今福神社が鎮座する今福町の人たちは淀姫市の名に違和感があり、いったん、合併を見送ったのではないか。その後の協議で松浦市に落ち着き、編入を受け入れたのだろう」

 歴史上の「松浦」の範囲は今の松浦市より広く、佐賀県にまたがる。このため松浦市が誕生した当初は、佐賀県側から「大風呂敷を広げて」と批判めいた声が上がったともいう。

 駅名もややこしい。現在の松浦駅は33年に志佐駅として開業し、59年に改称したが、それ以前の松浦駅は佐賀県内に存在していた。JR筑肥線の桃川(もものかわ)駅(伊万里市松浦町)は、35年3月の開業から37年9月まで松浦駅だった。

 志佐くんちでは、900年以上続く流鏑馬(やぶさめ)神事が奉納された。烏帽子(えぼし)に狩衣(かりぎぬ)姿の2人の射手が疾走する馬にまたがり、3カ所の的木に放った矢の命中率で翌年の収穫の豊凶を占う。今年は18本のうち14本が的中し、淀姫神社の中川明宏宮司(53)は「来年は豊作間違いなし」と破顔した。 (福田章)

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