「寅さん」が配った遺書 岩田 直仁

西日本新聞 オピニオン面 岩田 直仁

 映画「男はつらいよ」の50作目が、年末から公開される。1996年に亡くなった渥美清さん演じる車寅次郎が、デジタル技術でよみがえる。寅さん映画で迎える新年。懐かしい正月の風物詩だ。

 演じた役が、国民的人気を博す。役者冥利(みょうり)に尽きるとはいえ、重圧は大きく、時に足かせにもなる。渥美さんにも、葛藤があったようだ。

 自分の可能性を試したい-。72年に自ら製作に携わった映画「あゝ声なき友」で、戦友の遺書を遺族らに配達して回る元兵士を演じた。社会派の重厚な力作だったが、高度経済成長で沸く時代には受けず、渥美さんは、寅さんの世界へ戻っていく。

 空襲が相次ぐ東京で、渥美青年は動員学徒として工場で働いた。時代錯誤とも評された映画には、戦争を急速に忘れていく社会への批判が潜んでいたのではないか。人情に厚いフーテンの寅さんは、存外、時代や世相を冷ややかに見ていたのかもしれない。

 ドイツの小説家、グードルン・パウゼヴァングさんの近作「片手の郵便配達人」を読み、そんなことを考えた。内容が映画への連想を誘っただけではない。くしくも2人は同じ28年生まれなのだ。

 第2次世界大戦末期、戦線で片手を失った青年が郷里の村で郵便配達人になる。配って回るのは戦地の夫からの手紙や、戦死を知らせる「黒い手紙」だ。80歳を超えた作家が、戦争に押しひしがれる市井の人々を静かな筆致で描いた作品は、若い世代に向けた遺言や手紙とも評された。

 やがて、戦争の体験者が日本からいなくなる。

 被爆地・長崎でこの秋、研究者らを中心に、近現代資料の保存・公開をもとめる会が発足した。呼び掛け人の一人で、車椅子の被爆語り部だった渡辺千恵子さんの遺品を整理している長崎総合科学大の木永勝也准教授は語る。

 「所在不明の戦前、戦後復興期の長崎の公文書は多い。被爆者の証言、手記や手紙といった市民の記録を含め、貴重な資料を散逸させるわけにはいきません」。これも、戦争の時を刻む様々な「手紙」を後世に伝える活動である。

 酔った勢いで、戦争をけしかける若い国会議員が現れるほど、戦争の記憶は急速に風化している。「それを言っちゃあ、おしまいよ!」とあきれて終わる話ではない。

 パウゼヴァングさんは日本の読者への言葉を寄せている。「戦争とは非情なまでに人間を痛めつけ、破壊していくものです」。この真実を次世代にリアルに伝えられるのか。年々、切迫感が増す難問である。 (論説委員)

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