聞き書き「一歩も退かんど」(32) 弁護士2人に恵まれ 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 裁判では弁護士の力が勝敗を大きく左右します。その点、私は本当に恵まれていたと思います。

 鹿児島市の中原海雄弁護士に弁護を依頼したのは、任意取り調べ中の2003年7月16日。志布志署の取調室で、T警部補が「真実を言わんなら帰れ」と言うので、「じゃ、帰るわ」とあっさり帰宅。ただちに妻の順子と中原先生の事務所へ車を走らせたのです。

 「中原です」。先生にあいさつされてたじろぎました。サンダル履きに無精ひげ。見た目は申し訳ないですが、暴力団の組長のよう。おっかなびっくりで踏み字の一部始終を話すと、「署長は誰?」。「K署長です」。「取り巻きは?」。「I警部とH警部補です」と答えると、「それは相手が悪かったな」。

 大卒のK署長と高卒のI警部は県警の同期で、汚職捜査でのし上がった盟友。あまりに強引な捜査をしたI警部に、中原先生が一筆書かせたこともあるそうです。H警部補はそんなI警部の直属の部下。「取り調べで何かあればいつでも来なさい」と言われました。

 ほどなく妻も県警の聴取を受けました。取調室で「うちは弁護士を頼みましたから」と中原先生の名刺を見せると、刑事の顔色が一変。慌てて部屋のドアを開けて「奥さん、どうぞお帰りください」と促したそうです。中原先生はそれほどこわもて、いや腕利きの弁護士だったのですね。

 私が逮捕された7月24日、中原先生は遠い志布志まで駆けつけてくれました。面会室で口を閉める手ぶりをして「早く出たいなら、口にチャック、チャックだよ」とアドバイス。鹿児島南署へ移されても、3日に1度、面会に来ては励ましてくれました。

 そんなふうに先生に助けられ、釈放から4カ月。志布志事件の被告たちは刑事裁判を懸命に闘っています。「おいもとにかく訴えなん」-。腹をくくって中原先生を訪ねました。

 「(踏み字をさせた)H警部補を訴えたい」と言うと、「本当にやってないんだね」と念を押します。「ジュース1本たりとも配ってません」と答えると、「じゃあ、やろう」。そして「僕はパソコンが苦手なのでもう1人弁護士を入れていいかな」と呼ばれたのが、野平康博弁護士でした。

 志布志で大変な取り調べの被害が出ていることに気付き、いち早く現地調査に乗り出した先生で、私とも大きな接点がありました。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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